「山並みがきれいだった」
昔の話をしない母が、学童疎開先の景色を懐かしんで言った。
「こんど行ってみよう。まずは下調べね」と口をついて出たものの、何をどう調べたらよいのか見当もつかぬまま、遠足がてら区の平和資料館へ。
受付で母の出身校を伝えると、「ちょうど今、その小学校の疎開資料の展示が……」と奥に通された。
同窓生たちの絵日記だ。
が、あいにく疎開先が異なる。
同じ小学校から三つの地区に分かれて学童疎開していたらしい。
母の目をまっすぐ見ながら話を聞き取った職員さんは、事務室に戻ると紙の束を持ってきた。
表紙には母の疎開先の学校名。
子どもたちの描いた絵だ。
一枚めくると、近所の友だちの絵があった。
気が急くのだろう、母は手を震わせながら、一枚、また一枚とめくっていく。
その手が、ピタリと止まった。
母の兄の絵だ。
若くして死んだ兄の。
そこには疎開先の山並みが描かれていた。
あれからというもの、母は以前にも増して体力づくりに励み、PCまで習いだした。
ふりかえることさえできなかった過去に、向き合おうとしているのだろうか。
戦後80年の今年、母の戦後は、やっと始まったところだ。