2012年8月30日木曜日

天の声

ある猛暑の週末、団扇を片手にウトウトしていた。
朦朧とした状態で、起き上がることさえできない。
もしかして私、暑さで、どこか壊れてしまったのかしらん?

「壊れていても、構いません」

えっ、何、今のは?
天の声?

言われてみれば、我々生きた人間は、どこまでも不完全な存在だ。
どんなに健康そうに見える時でも、実のところ、どこかしら壊れているものなのかもしれない。
どこか壊れていても、構わない。
それはそれとして、受け止めて生きていくこと、それこそが人生なのかな。

それにしても今の私は、暑さに負けて、朝ごはんのあと、起き上がることさえできずにいる。
本当にどこか壊れたかもしれない。
もし、本当に壊れていても、本当に構わないものだろうか?
現実的に困ることが、色々と出てくると思うんだけど・・・

「分からないことや、困ったことがありましたら、お気軽に、ご相談ください」

この天の声、ずいぶん親切なアフターサービスが付いている。
一体、どちらの天の声だろう?

「こちらは、廃品回収車です」

なぁ~んだ!
いっぺんに起き上がった。
グズグズと始められずにいた食事の片付けも部屋の掃除も、ついでに一週間分の買出しも、
天の声のお蔭で、ゴキゲンに済ますことができた。


するとやはり、あれは本物の天の声だったのだろうか。

2012年8月27日月曜日

夏の暑さをしのぐ武器

これまで、我が城における、夏の暑さをしのぐ武器は、団扇一本だった。

この夏、ついに扇風機を購入した。
箱を開けて、組み立てて、コンセントを入れて、スイッチON!

くるくる回る羽根の前に顔を寄せ、「あ~~~~~~~~~~~~~~~」
風量を「弱」にして、「じゃく~~~~~~」
風量を「中」にして、「ちゅうぅ~~~~~~」
風量を「強」にして、「きょおぉぉぉお~~~~~~」
扇風機の首振りに合わせて、右へ左へ小刻みに横歩きをし、
シャツの裾を広げて、中に風を通す。

私はすっかり扇風機の虜になり、寝ても醒めても扇風機LOVE!だ。
現在の節電の流れに反し、扇風機を回して電力を消費することに後ろめたさを感じながらも、
やはり、扇風機LOVE!は止められない。

我が城における、夏の暑さをしのぐ武器が、扇風機一本になった。

扇風機との愛の生活に一週間ほど溺れたある朝、
ふと目に入った団扇は、寂しそうに、力なく横たわっていた。

いかん、いかん。
新しい犬を飼い始めたときは、古株の犬を大切にしなければいけないんだっけ。
新しい方ばかり構っていると、古株は自分の存在価値が下がったと思い、しょげてしまう。

冷たくしてしまって、ゴメンね、団扇。
これまで大活躍してくれて、ありがとう。
これからは、今までよりも、少しラクをしてちょうだいね。
そして、これからも一緒に楽しく暮らそうね。

そう言って、扇風機を止め、団扇を愛撫し、一週間ぶりに団扇の風を受けた。

スイッチ一つで動いてはくれないけれど、
「あ~~~~~~」と言っても、声は揺れて聞こえないけれど、
風量「強」なんて、ありえないけれど、
部屋中の空気をかき回すことも、シャツの裾から風を通すこともできないけれど、
手を動かしてあおぐ団扇の風は、扇風機にはない柔らかな優しさがあった。

時々は、こうして扇風機を止め、自分の手を動かして団扇の風に当たろう。
昔も今も、これからも、大好きだよ、団扇。

そんなこんなで、
我が城における、夏の暑さをしのぐ武器は、団扇と扇風機、二本立てになった。

2012年8月23日木曜日

ごますりくん

実家に帰ると、食卓には新顔がいた。

「はじめまして!僕、ごますりくんです!」
「・・・はじめまして」とりあえず、私は彼に握手を求めた。
「末のお嬢さんですね?いやぁ、お噂はかねがね伺っていましたが、想像以上に美しい方だ。
あなたのように素敵な方と手を取り合えるなんて、光栄です!」

初対面にしてこの勢いでごまをすれるとは、さすが『ごますりくん』だ。思わず唸った。

「ええ、何しろ僕、ごまをするために生まれてきたもんで。褒められたいことがあったら、何でも仰ってください」
「今、私、落ち込み気味なの。適当に見繕って、ご機嫌とってくれない?」
「生憎ですがね、その『適当に見繕って』っていうの、それだけはできないんです」
「なんで?ごますりくんのくせに」
「僕、全自動じゃないんです。だから、『お任せコース』がないんです。
こうして人と手を取り合って、ゴリゴリと地道にゴマをするタイプなんです。
それにね、考えてもみてください。
たとえ全自動洗濯機だって、『今、どの洗濯物を洗濯機に放り込むか』という問題だけは、必ず各自が判断するでしょう?
『今、何について褒められたいか』という問題くらいは、各自で判断してもらわないといけません」

納得したのか、煙に巻かれたのか、気付いたら私は、「なるほどね」と言っていた。

「そもそも、『何について褒められたいか?』という問題は、本人にしか分からないことです。
例えば、学校で成績の良い子がいる。
だから『頭が良いね』とか『良く勉強して偉いね』とか、軽い気持ちで褒めてみる。
しかし、どう見ても本人にはその褒め言葉が響いた様子はない、なんてことがあります。

実は、褒められた子は、現実の生活の中で、
自分の知識や思考では解決しきれない悩みを抱え、
『僕の頭はテストでしか役に立たない飾り物だ』と心の中で嘆いているのかもしれない。
あるいは、勉強なんかしたこともないのに、偶然にもテストの点数だけが高く、
『良く勉強している』などと声を掛けられても、お門違いに感じるのかもしれない」

「逆に、本人が自らの目指すところに向かって、
何らかの形で現状を打破すべく、行動や不行動の決断を積み重ねているのであれば、
たとえそれが傍から見たら些細なことであったとしても、
誰かがそれに気付いて褒めてくれたら、そこには共感と喜びが生まれる」

「さすが!『一を聞いて十を知る』あなたはそういう方だと思ってました」

「だからこそ、『何について褒められたいか?』は、基本的に本人にしか分からない・・・か」


「そのくらいで良いわ」母の声が、私たちの会話を遮った。
ごますりくんと私の共同作業ですり上がったゴマを、母の手元のボールに入れた。
その日、ごますりくんと一緒にすったゴマは、青菜のゴマ和えになって、晩の食卓に上った。

『ごますりくん』の使い方 : 本体にゴマを入れ、ハンドルを回すと、ゴマをすります。

私は今、何を目指し、どんな状況を打破すべく、どんな行動や不行動の決断をしているだろう?
そしてそれらは、たとえ微細な一歩にしろ、何か前に進んでいるのだろうか?

今度ごますりくんに会うときまでに、『何について褒められたいか?』を考えてみよう。

2012年8月20日月曜日

真夏の休日

「暑い」と言いながら、
麦茶を沸かすべくやかんを火にかけ、その番兵をしながら、

「暑い」と言いながら、
前回沸かした麦茶を冷ますべく、団扇で扇ぎながら、

「暑い」と言いながら、
そのまた前回沸かして、やっと冷めてきた麦茶を飲みながら、

「暑い」と言いながら、
そのまた前に飲んだ麦茶の成れの果てである汗を拭きながら、

「暑い」と言いながら、
・・・

2012年8月16日木曜日

一進一退

心の中で大親友と呼んでいる、ある大先輩とランチをご一緒した。

「で、どう?最近は」
いつもなら、こちらに相槌を打つ暇さえ与えないほどに、息をもつかず話し続ける彼女が、
ふっと全てのスピードを緩め、私をじっと見つめた。
彼女が尋ねたのは、この春、脳出血で倒れ、現在リハビリ入院中の父の様子について、である。

何十年も、悲観的一筋に生きてきた父が、入院直後の一ヶ月ほど、
人が変わったように前向きになって、リハビリテーションに取組んだ・・・少なくとも、そう見えた。
お蔭で、画期的な回復を遂げる・・・ことを期待した。
しかしその後、目的意識の欠如のためか、気力は急降下した。
残念なことに、長年慣れ親しんだ、悲観的で後ろ向きな父に戻ると同時に、
せっかくできるようになった「立つ」も「寝返り」も「着替える」も、あっという間にできなくなった。
再び前向きに生きて欲しいと願いつつ、試行錯誤の働きかけを続けてはいるものの、
なかなか思わしい変化が見られず、このところ徐々に無力感が私を蝕み始めていた。

彼女の質問にどう答えたものか、やっとのことで私は声を搾り出した。
「一進一退、かな」
「そう。あなたのお父さんって、前向きな方だっけ?」
「いえ、120%後ろ向き」
「確か、そうだったわね。ゴメン、言いにくいこと言わせて」

彼女は小さくため息をつくと、覚悟を決めたように言葉を続けた。

「どんなに大きな進歩も後退も、全ては『一進一退』の積み重ねなの。
『一進一退』って、詳細に見ると、『進』と『退』に微妙な差があってね、
たとえ1ミクロンでも、『進』が『退』に勝っていたら、その人は確実に回復する。
でも反対に、たとえ1ミクロンでも『退』が『進』に勝っていたら・・・
これは、今まさに、あなたが気を揉んでいること。

殊にリハビリって、精神力がモノを言うでしょ?
その人の現在の前向きさ加減は、『進』と『退』のバランスを決める大きな要因になる。
そして、その人の現在の前向きさ加減は、これまでの人生の歴史を背負っている。

もちろん、生きた人間だもの。いつ、どう変わるか、誰にも分からない。
これまでずっと後ろ向きだった人が、今日から前向きになるかもしれない。

ただ、それは本人が決めることなの。
あなたは、お父さんを支えることはできても、変えることはできない。

あなたの人生は、あなたにしか決められないのと同じように、
お父さんの人生も、たとえそれが、どんなに後ろ向きなものであったとしても、お父さんにしか決められない。

お父さんの回復を、あるいは前向きになってくれることを願って、希望(*)を持ち続けること、
これはとても大切なこと。
でも、過度な期待を持たないことも、とっても大切。

あなたは、自分にできる範囲のことをしっかりやれるし、やっている。
だから、そこに希望を持つの。
過度な期待を持って、自分にできる範囲の外にまで手を出してはいけない。
それは、あなた自身の人生を蝕みかねないから」

私がゆっくり頷くと、彼女はいつもの楽しいオシャベリ・モードに切替えた。
機関銃のような彼女の冗談に笑い転げながら、私は自分の中で何かが少し軽くなったことを感じた。

それは、何もかもを打ち明けて話した後の、「手放した」軽さだった。
彼女の話したアレコレは、
このところ、私の内部にうごめきながらも、誰にも話すことも手放すこともできずにいたこと、
そして、自分の内部にありながらも、受け容れられずにいたこと、そのものだった。
自分の口からは、話すことも手放すこともできなかったアレコレを、彼女はサラリと話してのけた。
そんな彼女の話を聞くことで、私は自分が話し尽くした後のような、「手放した」感覚を得た。
そして気付くと、自らの内なる声を受け容れ始めていた。
「これからも希望を持ち続けよう。ただし、過度な期待は持たない」

これまで、こんな風に彼女に助けてもらったことが、何度あっただろう。

一人になってから、あの時の会話を思い返した。
いつも感心することだが、
彼女は、どうやって私の心の中を、ああも手に取るように推し量るのだろう?
あの日、あのランチで、私は二言しか発していないのに。

2012年8月13日月曜日

うちのチビ

実家への帰り道、もう間もなく到着、というときのこと。

玄関の前で、と近所のご婦人とが、立ち話をしていた。
近付いていくと、母の話す声が聞こえてきた。
「今日はうちのチビが帰ってくるから、芋の煮っころがしでも作ってやろうと思って」

母にとって、末娘の私は、いくつになっても「うちのチビ」らしい。

私は、母とご婦人に、「ただいま!」と声を掛けた。
「おかえり」という母に続き、小柄なご婦人は私を見上げて言った。

「まぁ、おかえりなさい。大きなチビちゃん!」

2012年8月9日木曜日

富士山

遠くで見つけると、たとえそれが小さなカケラのような姿でも、思わず声を上げてしまう。
見つけただけで嬉しくなって、近くに居合わせた知らない人にも知らせたくなる。

近くで見ると、あんまり大きくて驚いてしまう。
あんまりにも大き過ぎて、思わず知らず、帯紐解いて笑ってしまう。

この夏、生まれて初めて、「富士山に登ろう!」とのお誘いをいただいた。
とっても行きたかったけれど、残念なことに、日程が合わず参加できなかった。

とっっっても残念だったけれど、不思議と、どこかホッとしていた。
この安堵は、どこからくるのだろう?
改めて、胸の内に問いかけてみた。

どうやら私の体内には、
「富士山は、登るものでなく、見るもの」との侵し難いテーゼがあるようだ。

2012年8月6日月曜日

おくて

古希を迎えた大先輩が、五十肩になった。
「70歳で五十肩、『おくて』ですね」私は大先輩に言った。
「あんたに『おくて』って言われるなんて!」
大先輩の瞳には、リベンジの火がついた。

しばしの後、老眼鏡が話題に上った。
未だ老眼鏡を一度もかけたことのない私が、ポカンと聞いているのを見た大先輩は、
ニヤリとして言った。

「未だ老眼鏡かけたことないなんて、あんた、相当な『おくて』ね!」

2012年8月3日金曜日

暑過ぎて・・・

このところ、「暑過ぎて 夏来にけらし しろたえの ・・・」と詠じながら、洗濯物を干している。

これは百人一首の一つだったかな。
中学だか高校だかの頃は、こんな古文調のものを「現代語訳せよ」なんて、よく言われたっけ。
この歌は、現代語に訳すとどうなるだろう?

【現代語訳】
あまりに暑すぎて、頭がボーっとしながらも、「どうやら夏が来たらしい」と、ようやく思い当たった。
こうも暑いと、やたらと洗濯物が増えるけれど、この暑さのお蔭で、干した洗濯物は良く乾く。
今日も山のような洗濯物が、どれもスッキリ乾いてくれて、本当に、これだけは有難い。

・・・こんなもんかな?
いやいや、どこか違う。

そうか!
最初が「暑」でなくて、「春」だった!

こんな間違いを半月以上続けていた私って・・・、ここで一句。

暑過ぎて ネジ緩んだか 元からか

2012年8月2日木曜日

パステルさん

新しいボーイフレンドができた、と一人勝手に思うことにした。

その人の名は、パステルさん。
「オジサン」か、「オジイサン」か、どちらに分類しようか、悩ましいお年頃の殿方だ。
前回会った時は、空色のシャツに、ライムイエローのズボン、レモン色のお帽子姿だった。
その前に会ったときは、クリーム色のシャツの襟元から淡いオレンジ色のTシャツが覗き、ピンクのズボンのお尻には、水色のポケットが張り付いていた。
何しろ、お召し物が、常に総パステル調なのである。

彼とは、いつの間にか気付いたら出会っていた。
朝、近所の池の周りを走っていると、私と逆回りにお散歩をする彼と会う、というか、すれ違う。
しばらくの間は、互いに個体識別さえしていなかった。

ある朝、すれ違いざまに彼が手を挙げた。
ちょうど、バスがすれ違う時に、運転手さん同士で挨拶を交わすみたいに。
「きっと知り合いがいたんだ」と思い、そのまま走り過ぎた。

翌朝も、彼はすれ違いざまに手を挙げた。
「また知り合いがいたんだ」
そのまま走り過ぎた。

その翌朝も、そのまた翌朝も、彼はすれ違うたび手を挙げて見せた。
誰かに挨拶していることは、明らかだった。
周囲に他の誰かの気配がある時も、ない時も、彼は挨拶を安定供給している。
「もしかして挨拶の相手は、私?」

突然、彼を意識し、個体識別した。
そして、「パステルさん」と名前をつけた。

どうしよう。
今度パステルさんとすれ違う時は、挨拶を返した方が良いだろうか?
でも、実は私の勘違いで、彼は他の誰かに挨拶をしているのかもしれない。
だとしたら、私が挨拶を返したら、なんだかカッコ悪いし、恥ずかしい。

しかし、仮に勘違いで挨拶を返したところで、失うものは何もないはず。
更に、もしも、だ。
あんな大人のパステルさんの方から、娘のような年代の私に挨拶してくれているとしたら、
それだけだって、恐れ多い話ではないか?
本来ならば、目下の私から挨拶すべきではないか?

でもでも、やっぱり、ここだけの話、
臆病者の私は、子どもの頃から「友達になりましょう」アクションを、自分から起こしたことがない。
200%濃度の「友達になりましょう」アクションを供給し続けてくれた相手としか、お近付きになれないまま、今日に至っている。

高々合図程度の挨拶にしろ、
未だ一度も言葉を交わしたことのない人に、お名前も知らない人に、
こちらからリアクションをすることが、私には怖かった。
臆病風が、私の中を嵐のように吹き荒れた。


パステルさんとの挨拶問題は、吹き荒れる臆病風に押されて堂々巡りを続け、
結論の出ないまま翌朝を迎えた。
私は、ただ一つの愚かしい言い訳にしがみついて、走り出した。

「バテバテで挨拶できない」

やっとのことで走っている私にとっては、声を出して挨拶することは愚か、
パステルさんと同じように手を挙げて見せることだって、容易ではない。
走りながら挨拶できるくらいの体力がつくまで、パステルさんの様子を静観しよう。
もしかしたら、その間に、彼の挨拶の相手だって明らかになるかもしれない。

こんな私の逃げの姿勢に、パステルさんは気付くだろうか。
何となく後ろめたく、毎朝、彼とすれ違うことが、私のハラハラドキドキの種になった。

一ヶ月以上静観し続けたろうか。
彼は、私とすれ違う時には、必ず手を挙げて見せ続けた。
間違いない。あれは私への挨拶だ。
パステルさん、さんざん知らん顔して、ごめんなさい。
何としても、臆病風を追い払って、挨拶を返そう!

でも、どうやって?
走りながらでは、声も出せないし、手も挙げて見せられないのに。

そうだ!
声を出せなくても、手を挙げて見せられなくても、「口元でニッコリ」だけならできる!
今度パステルさんとすれ違う時は、必ず「口元でニッコリ」しよう!

超長考の末、
すれ違いざまに手を挙げるパステルさんに、とうとう、「口元でニッコリ」の挨拶を返した。
すると彼は顔をほころばせ、小さな子に言い含めるかのように、「お・は・よ!」と言った。


ところで私は、
ボーイフレンドへの想いとは、特定の人物に対する個体識別の発展形、と捉えている。
その発展した個体識別には副次的効果がある。
それは、
「相手を強く個体識別し、それを特殊なレンズや鏡のようにして、世界や自分を見ることで、
自らの課題が明確になり、現状打破への一歩を踏み出すきっかけを得る」
ということだ。
そして、実のところ、この副次的効果こそが、ボーイフレンドという存在の醍醐味の一つだ、
と信じている。


後になって判明したことだが、パステルさんには、池の周りを散歩する沢山の友達がいる。
これは彼の「友達になりましょう」アクションの賜物に違いない。

どこの馬の骨かも分からない、ちっとも愛想のない、ただバテながら走り過ぎていく私にも、
会うたび、すれ違うたび、彼は小さな愛(*)、即ち挨拶を投げかけ続けてくれる。
そして私は、その小さな愛を喜ばしく享受しながら、自分と反対の姿を映して見ることで、
「口元でニッコリ」の挨拶を返すという微細な一歩を、否、一歩踏み出すための体重移動を、
今やっと、始めたところだ。


私もパステルさんのように、「友達になりましょう」アクションを自分からできるようになろう。
彼を個体識別したことで、新しい課題を一つ見つけた。

そこで、新しいボーイフレンドができた、と一人勝手に思うことにした。