2012年12月27日木曜日

進むべき道

「小説家さんかな、と思ってました」

平日の昼間に行われる、父の介護に係るアレコレに、
殆ど皆勤で出席している私という人物は、一体全体、何の職業に就いているのか?
ケアマネージャーさんにとっては、かねてより不思議だったようだ。
ケアマネさんからの質問に対し、私が自分の仕事を包み隠さず答えると、
驚いた様子で目を真ん丸に見開いた彼の口にした台詞が、コレである。

後刻の家族会議でそれを報告した私は、軽い気持ちで小さな疑問を付け加えた。
「平日の昼間に都合をつけられる身分と言えば、まずは専業主婦でしょ?」
「専業主婦には見えなかったんでしょう、風貌が怪しくて」

「夜営業の小料理屋経営ってのもあるよね?」
「昼間から仕込みで忙しいでしょう?」
「料理を面倒がる小料理屋は、まず有り得ない」
「それ以前に、小料理屋の女将には見えないでしょう、風貌が怪しくて」

「在宅で、コンピューター関連の技術者なんてどう?」
「技術者には見えなかったんでしょうね、風貌が怪しくて」

家族にとって、私の風貌はよほど怪しいらしく、
「もう観念して、小説家ってことにでもしておけ!」というのが総意のようだ。
ことの起こりは、ただ軽い気持ちで投げかけただけの小さな疑問だったけれど、
それに対する家族の態度に、どこか納得の行かない私は、どうにも観念しきれない。
もう一例だけ引き合いに出してみることにした。

「ニートは?」
「ニートにしては年を取り過ぎているわ」

けんもほろろ、である。

すると家族の一人が言った。
「いいじゃないの、『売れない小説家です』って言っておけば」
「それなら、風貌的にも合ってるし、世の中は丸く収まる」
「『ああ、私が書きたい作品は、こんなものじゃない!』なんて頭を掻きむしったり、原稿用紙を丸めて放り投げたり・・・」
「丸めた原稿用紙の散乱した部屋で、『もうダメだ!』って突然ひっくり返ってみたりして」
「善は急げ。今すぐ原稿用紙を買ってきて、丸めて部屋に撒いておきなさい」

我らの家族会議において、「末娘の進むべき道は、売れない小説家であるべし」とのテーゼが固まりつつあった。

不思議なもので、進むべき道というものは、他人から決め付けられてみると、
「どんなことがあっても、そちらにだけは行くもんか!」と反抗心が湧いてくる。
何とかして、方向性を変えられないものだろうか?

待てよ。
売れない小説家であるためには、まず小説を売り出していなければならない。
ところが私の小説など、少なくとも今のところ、この世のどこにも売り出されていない。

「そもそも売ってないでしょう?小説を」、私は罠を仕掛けた。
「それを言うなら、そもそも書いてないでしょう?小説を」、家族はまんまと引っ掛かった。

小説を書いていなければ、小説家とは言えない。
私の進むべき道を、売れない小説家にするのは無理だ。風向きは一気に変わった。

しばしの沈黙の後、兄弟の一人が膝を打った。
「自称『書けない小説家』、目標『売れない小説家』で行こう!」
私の進むべき道が、満場一致で可決された。

2012年12月22日土曜日

心の友

ラジオをつけると、音楽が流れてきた。

んっ?聞き覚えがあるようだ。
いやいや、聞き覚えどころではない。とても耳慣れている。
何だっけ、えーっと・・・

そう思うが早いか、パブロフの犬よろしく、口中では食事の準備が整ってきた。
同時に、私の心は、けんちん汁で満たされた。
お腹ではなく、飽くまでも心だけだけど。

そうそう、これは、あの定食屋さんでいつもかかっている曲だ!

滅多に外食をしない私が、年間で20回ほど通う定食屋さんが一軒だけある。
そこで出されるけんちん汁が、大のお気に入りだ。
そして、そこでいつもかかっている曲こそが、今まさにラジオから流れている、この曲だ。

わーい、けんちん汁のテーマソングだ!

この曲を聴いたからと言って、目の前にいつものけんちん汁が出てくるわけではないけれど、
なんだか嬉しくなってきた。

きっと、この曲を作った人は、けんちん汁を思って作ったのだろう。
きっと、歌い手さんも、けんちん汁を思って歌っているに違いない。
そして、きっと、今、ラジオから流れるこの曲を聴いて、けんちん汁を思っている人が、
日本のどこかにいるかもしれない。
そんなみんなは誰だって、たとえ顔も名前も知らなくたって、みんなみんな、心の友達さ!
そう思うと、わくわくした。

歌が終わると、ラジオは言った。
「ただいまの曲は、レディー・ガガの、・・・」

なんと、
けんちん汁のテーマソングは、レディー・ガガの持ち歌だった。

レディー・ガガも、けんちん汁が好きなのかな?

うん、きっと好きだ!
きっと、レディー・ガガも、あの定食屋さんが、あのけんちん汁が、好きなんだ!
だからこそ、あの定食屋さんのために、あのけんちん汁のために、
この曲、つまり、けんちん汁のテーマソングを書いて、そして歌ったんだ!

どういうわけか、勝手に確信してしまった。
それからというもの、レディー・ガガを、秘かに「心の友」と呼んでいる。

2012年12月18日火曜日

サンタさんからの返事

大切な君へ

君から手紙をもらうのは初めてだね。
ありがとう。
とても嬉しく読んだよ。

わたしは、君が十分良い子であることを知っている。
もちろん、一生、成長の余地を持ち続けることも、知っている。
わたしは君が生まれてから毎年、必ずプレゼントを贈ってきた。
このところ、君がそれに気づき始めたことも、
だからこそ、わたしに手紙を書いてくれたことも、わたしは知っている。

君は手紙の最後に書いているね。

> お金で買えるもの、値段のつけられるものをおねだりしたのでは、失礼に当たるのではないか

失礼に当たるかどうか、そんな心配は要らない。
ただ、君はどんなつもりでこう書いたのだろう。

わたしがこれまで君に贈ってきたプレゼントは、何だったろうか。
君の同級生達が受取ってきたようなものだったろうか。
流行のオモチャもラジカセも、オシャレなふでばこも、何十色も入ったクレヨンも、
わたしは君の靴下に入れてこなかった。
少なくとも子ども時代の君は、靴下の中に何も見つけることができず、
残念な思いをしたかもしれない。

しかし、何十年も経った今、君はそのプレゼントを少しずつ見つけ始めた。
それらはどれも、お金では買えない、値段のつけられない、
更には、目で見ることのできないものばかりだった。
君は今、これらのプレゼントひとつひとつを喜び、大切にしてくれている。

今年も、そんなプレゼントを見つけたくて、手紙を書いてくれたのではないだろうか。

安心しなさい。
君にはトッテオキのプレゼントを、幾つも用意している。
どんなに大判の風呂敷を用意したって、入りきらないほどだ。

だから、『パンダおにぎり ベビー』は、自分のお小遣いで買いなさい。
ついでに言うと、君は『パンダおにぎり ベビー』か、『針なしホチキス』か、で迷っていたね。
この際だから、後者も自分のお小遣いで買いなさい。
そして、いらない紙を用意して、端から端まで、気が済むまで留めまくりなさい。

ではまた、プレゼントを介して会おう。
サンタより


追伸
君が、手紙の最後に挙げてくれた、
『お正月の神社仏閣で、人様の絵馬を読み上げているような候補』が6つあったね。
これらについても、今までと同様、毎年のプレゼントの中に、エッセンスを入れていくつもりだ。
ゆっくり楽しみなさい。

2012年12月15日土曜日

サンタさんへの手紙

サンタさんへ

初めてお便りいたします。
幼少期より、ひどくこまっしゃくれており、
あなた様の存在をさんざん疑ってかかりましたこと、深くお詫び申し上げます。
大変失礼いたしました。
ここ数年、更正の道を歩んでおります。
最近はだいぶ改心し、今年はついに、あなた様宛に手紙を書くことにしました。

まず、この一年間を振り返り、私がどれほど良い子だったかをアピールすべきかと存じます。
しかしながら、その一方で、自分を強く売り込まないことこそが、日本人の美徳とも言えます。
これら相対立する考えの間で、現在私の心は揺れています。

更に申しますならば、
私には良い子の要素が目白押しであると同時に、
今後の成長課題、即ち未熟な部分も山積しています。
今回、どの部分を強調すべきか、その点でもかなり悩んでいます。

前置きの段階であまり長く悩んでいては、
手紙を書き上げないうちにクリスマスという期限が来てしまうので、
本件については、一旦保留します。
後日、良く考えてから結論を出し、追ってご連絡差し上げるつもりです。

大雑把に申しまして、私はかなり良い子の可能性がある、
ということのみ、予めお伝えしておきます。

さて、本題に入ります。
上述の通り、かなり良い子の可能性を持った私でありますので、
この季節、サンタさんには、プレゼントをおねだりして宜しい、と自負しております。

では、思い切って、私の欲しいものを単刀直入に、おねだりいたします。

『パンダおにぎり ベビー 980円(税込)』
これは、
ぬいぐるみみたいなかわいいパンダベビー型おにぎりが、誰でも3ステップで簡単に作れる、
という謳い文句の、恐らく非常に優れたオモチャです。

どうか、どうか、何卒、よろしくお願いいたします。

正直を申しますと、一つだけ、気になっています。
何と申しましても、相手が天下のサンタさんですから、
お金で買えるもの、値段のつけられるもの(*)をおねだりしたのでは、失礼に当たるのではないか、
ということです。

そんな訳で、実のところ、次のような候補も考えてみました。

(1) リリー・コリンズのような愛らしい容姿
(2) 信頼関係
(3) 健康
(4) 家庭円満
(5) 学業成就
(6) 世界平和
・・・

しかし、挙げ連ねていくうちに、
お正月の神社仏閣で、人様の絵馬を読み上げているような気分になってまいりました。

初めてのおねだりですし、やはりここ一番、世俗的な物欲丸出しで行くことにします。
どうぞよろしくお願いします。

2012年12月6日木曜日

ノーベル賞級の発見

この季節、必ずと言っていいほど、我が実家で話題にのぼることがある。
それは、「ノーベル賞級の発見」である。
「少なくとも今のところ、ノーベル賞は受けていないけれど、
これは、どう考えてもノーベル賞を受けるに値する発見だ」といった案件が、列挙される。

「『赤飯&ごま塩』、この組み合わせは、ノーベル賞級の発見だ」
「実に素晴らしく有用な発見だ」
「しかし、ノーベル何賞だろうか」
「味の化学変化だから、化学賞でしょう」
「平和賞という考え方もある。
美味しいものを食べれば、満足して気持ちに余裕が出来る。
そうすれば他人を思い遣れるから、世界平和に繋がる」

こんな調子で、化学賞または平和賞に匹敵する先人達の発見が次々と挙げられていく。

 『米を炊いて、塩を付けた手で三角に握り、海苔を巻き、食べる』という手順
 『あの、強烈な臭いのギンナンの中身が、実は美味しい』という事実
 西京漬という最強に美味しい食べ物の作り方
 『もち米を蒸してから臼と杵でつく』という手順、および関連する道具
 『ヌカ床』というシステム
 ウニや栗の中身が食べられるという事実
 納豆菌
 ・・・

それにしても、こんなにも素晴らしく有用な大発見たちが、
何故、これまでノーベル賞を受けてこなかったのだろうか?

長年解き明かされることのなかったこの謎に、今年、とうとう家族の一人が切り込んだ。
「ところで、これらの偉大なる発見、受賞者は誰?」

新たに提示された疑問のお蔭で、どうやら長年の謎が解き明かされそうだ。

2012年12月2日日曜日

美肌の秘訣

我が兄弟たちは、不思議と美肌である。
まず、小ジワがない。
そして、毛穴がない。
この美肌、どう見ても、年上とは思えない。

「美肌のために、何かしてるの?」私が尋ねると、
「裸眼で鏡に向かうこと」兄弟の一人が答えた。
それを聞いた私は、首を傾げることしかできなかった。

「三段論法というのを知っているかな?」
頷きながら同意見であることを示していた、もう一人の兄弟が、言葉を続けた。

「眼鏡をかけなければ、小ジワも毛穴も、細かいものは何も見えない。
見えないものは存在しないに等しい。
即ち、裸眼で鏡に向かえば、小ジワも毛穴も、存在しないに等しい。
従って、小ジワなし、毛穴なしの美肌を得る」

この美肌の秘訣、
もとより視力が良くて、眼鏡を必要としない私にも、通用してくれるのだろうか。