そんな時、決まって「読書、スポーツ」と書いてきた。
しかし、家族から『平成の文盲』と呼ばれる私は、実のところ、まず滅多に本を読まない。
スポーツらしいスポーツも、学生でなくなって以来、つまり体育の授業がなくなって以来、していない。
だから、チョット後ろめたい気持ちで、
お決まりの答えを書いてきた。
今度は困る。
なまじ、「読書、スポーツ」などと答えたら、
「例えばどんな本?何のスポーツ?」と、さらに尋ねられてしまうからだ。
そもそも、趣味って何だろう。
手近なところでgoo辞書から持ってくると、
1 仕事・職業としてでなく、個人が楽しみとしてしている事柄。「―は読書です」「―と実益を兼ねる」「多―」
2 どういうものに美しさやおもしろさを感じるかという、その人の感覚のあり方。好みの傾向。「―の悪い飾り付け」「少女―」
とある。ここでの意味は1番だ。
「仕事・職業としてでなく、個人が楽しみとしている事柄」、私にとっては何だろう。
(その1)
ご飯を炊いた後、蓋に付いてパリパリになった『オネバ』をそうっと指でつまんで吊り上げること。
(オネバとは、東京方言で、ご飯を炊くときのふきこぼれのこと)
長いまま崩さずに吊り上げられると、最高に気持ちが良い。
この作業には大変な集中力を要する。
同時に何の生産性もない、全く無駄な作業だ。
(オネバとは、東京方言で、ご飯を炊くときのふきこぼれのこと)
長いまま崩さずに吊り上げられると、最高に気持ちが良い。
しかしそんなことは滅多にない。
パリパリになったオネバは、とても薄くて脆いのだ。
不用意に手を出せば、触れただけでも割れたり崩れたりしてしまう。
この作業には大変な集中力を要する。
同時に何の生産性もない、全く無駄な作業だ。
この作業をするために、私は炊飯器を持たず、鍋でごはんを炊いている。
(その2)
洗濯機のくず取りネットをひっくり返して、収穫物を取り出す。
収穫量が多いと、「やったぜ!」という気持ちになる。
ただ、日常的には毎回の洗濯終了直後にひっくり返すので、大漁は期待できない。
その代わり、収穫物をじっくり眺める。そして、その由来を確認する。
「全体的に黄色っぽいのは、このタオルから来ているな」とか、
「あ、この黒っぽいヒョロヒョロした糸くずは、昨日の靴下のほつれ糸だ!」とか、
解明できると嬉しい。
「なぜ米粒が一つだけ入っているんだ?」といった難問にぶち当たることもある。
そんな時は、良く観察し、その米粒がナマなのか、一旦炊いた後で乾いたものかを見極める。
そして、
「きっと職場でお弁当を食べこぼして、
午後はずっと胸の辺りにこのご飯粒をブローチみたいにつけて仕事していたんだ。
あー恥ずかしい」などと、洗濯機の前で頭を抱えてしまう。
ところで、
いつ伺っても、私を半ば居候として受け容れてくれるお宅がある。
その家族は誰も糸くずネットをひっくり返さない。
ネットの中では、収穫物が日々ゆっくりと、しかし着実に増えながら、
私が来るのを静かに待っている。
半年振りに遊びに行けば、半年分の収穫物が確実に溜まっている。
由来の確認こそできないものの、小躍りしたくなるほどの大漁だ。
そして、それを洗濯機が乾いている時を見計らって「ペリッ」と取る。
ん~、これぞ快感!
よそ様のお宅で何しているんだろう、私。
(その3)
一人ファッションショー。
箪笥の中の服を、試着しては姿見の前に立つ。
上着を変えてみたり帽子を被ったり、スカーフを付けたり外したりして、組み合わせを変えてみる。
時々、姿見の前までモデル歩きをしてみる。
そして、「ビバ!宝塚」とか「今日は潮干狩り」とか「若作りのオバサン」とか、題名をつけてみる。
これが始まると、いつになく高揚し、どうにも止まらなくなる。
箪笥の中身を片っ端からやっつけた後は、もうヘトヘトで、「二度としない!」と思う。
しかし何故か、数ヵ月後には再び始めてしまう。
どれをとっても、人様には申し上げにくいものだ。
ましてや履歴書には絶対に書けない。
「ご趣味は?」との質問に胸を張って答えられる日は、いつか来るのだろうか?
収穫量が多いと、「やったぜ!」という気持ちになる。
ただ、日常的には毎回の洗濯終了直後にひっくり返すので、大漁は期待できない。
その代わり、収穫物をじっくり眺める。そして、その由来を確認する。
「全体的に黄色っぽいのは、このタオルから来ているな」とか、
「あ、この黒っぽいヒョロヒョロした糸くずは、昨日の靴下のほつれ糸だ!」とか、
解明できると嬉しい。
「なぜ米粒が一つだけ入っているんだ?」といった難問にぶち当たることもある。
そんな時は、良く観察し、その米粒がナマなのか、一旦炊いた後で乾いたものかを見極める。
そして、
「きっと職場でお弁当を食べこぼして、
午後はずっと胸の辺りにこのご飯粒をブローチみたいにつけて仕事していたんだ。
あー恥ずかしい」などと、洗濯機の前で頭を抱えてしまう。
ところで、
いつ伺っても、私を半ば居候として受け容れてくれるお宅がある。
その家族は誰も糸くずネットをひっくり返さない。
ネットの中では、収穫物が日々ゆっくりと、しかし着実に増えながら、
私が来るのを静かに待っている。
半年振りに遊びに行けば、半年分の収穫物が確実に溜まっている。
由来の確認こそできないものの、小躍りしたくなるほどの大漁だ。
そして、それを洗濯機が乾いている時を見計らって「ペリッ」と取る。
ん~、これぞ快感!
よそ様のお宅で何しているんだろう、私。
(その3)
一人ファッションショー。
箪笥の中の服を、試着しては姿見の前に立つ。
上着を変えてみたり帽子を被ったり、スカーフを付けたり外したりして、組み合わせを変えてみる。
時々、姿見の前までモデル歩きをしてみる。
そして、「ビバ!宝塚」とか「今日は潮干狩り」とか「若作りのオバサン」とか、題名をつけてみる。
これが始まると、いつになく高揚し、どうにも止まらなくなる。
箪笥の中身を片っ端からやっつけた後は、もうヘトヘトで、「二度としない!」と思う。
しかし何故か、数ヵ月後には再び始めてしまう。
ましてや履歴書には絶対に書けない。
「ご趣味は?」との質問に胸を張って答えられる日は、いつか来るのだろうか?