2011年10月10日月曜日

ささくれ

昔々、中学校に入学した翌日のこと。

休み時間中、あちこち飛んで回っていると、始業のチャイムが鳴った。
入学式で、「チャイムが鳴ったときには着席しているように」との注意があったことを思い出した。
先生が教室に向かって歩いて来るのが見えた。
廊下を全力疾走し、先生より先に教室に入った。
しかし、車と同様、全力疾走する私も急には止まれなかった。
机に激突し、足を骨折した。
「廊下を走ってはいけません」と言われるわけを、このとき痛感した。


その何週間か後、右足からギプスを外してもらった翌日のこと。

軽くなった足を試しに使ってみようと、学校中を跳ねて回った。
階段があったので、四階から駆け下りてみた。
一段抜かしをした。
   ちょろい、ちょろい。
次は、二段抜かし。
   余裕。
三段、四段、・・・と抜かしていくうちに、すっかり気分は高揚した。
「えーい、いっそのこと、踊り場から一気に飛んでやる!」
と思いついたのは、二階と一階の間の、最後の踊り場で、足を踏み切る瞬間だった。
ふわりと宙に浮いたその時、
校舎は天井が高いこと、特に二階と一階の間の最後の階段は長いことに、初めて気付いた。
コンクリートの床にたたきつけられ、同じ場所をもう一度骨折した。
「調子に乗ってはいけません」と言われるわけを、このとき痛感した。


二度目の骨折をした晩、父が言った。
「一番の親不孝は、親に葬式を出させることだ。
二番目の親不孝は、病気や怪我をすることだ」
私は二番目の親不孝を、一ヶ月足らずのうちに、二度もしてしまった。


つい最近、手にささくれが出来た。
爪切りを取りに立つのが面倒で、食事のあと、お茶を飲みながら、ささくれをいじっていた。
「痛い!」
いじっているうちに、剥いてしまった。
1mm2にも満たない小さな小さな部分が、私という全存在を脅かすほどの勢いで主張した。
「ささくれは親不孝の印」と言われるわけを、このとき痛感した。

これからは、もっともっと自分の体を愛しみ、大切に使ってあげよう。
健やかであることこそが、最大の親孝行であり、同時に自分孝行でもあるのだから。