昔々、中学校に入学した翌日のこと。
休み時間中、あちこち飛んで回っていると、始業のチャイムが鳴った。
入学式で、「チャイムが鳴ったときには着席しているように」との注意があったことを思い出した。
先生が教室に向かって歩いて来るのが見えた。
廊下を全力疾走し、先生より先に教室に入った。
しかし、車と同様、全力疾走する私も急には止まれなかった。
机に激突し、足を骨折した。
「廊下を走ってはいけません」と言われるわけを、このとき痛感した。
その何週間か後、右足からギプスを外してもらった翌日のこと。
軽くなった足を試しに使ってみようと、学校中を跳ねて回った。
階段があったので、四階から駆け下りてみた。
一段抜かしをした。
ちょろい、ちょろい。
次は、二段抜かし。
余裕。
三段、四段、・・・と抜かしていくうちに、すっかり気分は高揚した。
「えーい、いっそのこと、踊り場から一気に飛んでやる!」
と思いついたのは、二階と一階の間の、最後の踊り場で、足を踏み切る瞬間だった。
ふわりと宙に浮いたその時、
校舎は天井が高いこと、特に二階と一階の間の最後の階段は長いことに、初めて気付いた。
コンクリートの床にたたきつけられ、同じ場所をもう一度骨折した。
「調子に乗ってはいけません」と言われるわけを、このとき痛感した。
二度目の骨折をした晩、父が言った。
「一番の親不孝は、親に葬式を出させることだ。
二番目の親不孝は、病気や怪我をすることだ」
私は二番目の親不孝を、一ヶ月足らずのうちに、二度もしてしまった。
つい最近、手にささくれが出来た。
爪切りを取りに立つのが面倒で、食事のあと、お茶を飲みながら、ささくれをいじっていた。
「痛い!」
いじっているうちに、剥いてしまった。
1mm2にも満たない小さな小さな部分が、私という全存在を脅かすほどの勢いで主張した。
「ささくれは親不孝の印」と言われるわけを、このとき痛感した。
これからは、もっともっと自分の体を愛しみ、大切に使ってあげよう。
健やかであることこそが、最大の親孝行であり、同時に自分孝行でもあるのだから。