朝のランニングを続けているうちに、手首から先だけが日焼けしてきた。
腕と手とで肌の色が異なる。
半袖を着て、肘から先の肌が出たとき、まるで茶色の手袋をしているように見える。
これが猫なら、「靴下履いてる」なんて可愛がられるけど、
人間の、しかも女子としては、如何ともしがたい気分である。
そんな矢先、スポーツ用品店で、ランニング用手袋なるものを発見した。
ランニング中、手首から先が日焼けするのを防いでくれるスグレモノだ。
さて、棚いっぱいに並んだランニング用手袋、どれにしようか?
こんな時、私は迷わず店員さんに相談する。
ざっと一通りの説明を受けたところで、ある一種類が目に留まった。
人差し指と親指の腹の部分に、縫い取りのようなものがある。
「これは何ですか?」
「スマホ対応です」
迷わず、これに決めた。
とても気に入って、走るときは、必ず使っている。
ただ、残念なことに、私はスマートフォンを所有していない。
スマートフォンをお持ちの紳士淑女方、
スマホ対応の手袋をつけて、スマホを持たずに走る私を見かけたら、
どうか1ページだけ・・・めくらせてください!
2012年6月21日木曜日
2012年6月18日月曜日
贈り物
あれからもう二ヶ月ほど経つだろうか、父が脳出血で倒れた。
幸いにも命を取り留め、麻痺等の後遺症も、恐らく統計的に見れば軽い方なのだろう。
現在、父は自宅に帰ることを目指し、リハビリテーションに励んでいる。
長い年月、悲観的一筋に生きてきた彼が、
今は、「立つ」「座る」「手を伸ばす」といった単純作業を、真剣に練習している。
病院へ見舞いに行くと、ほんの少しずつの進歩を積極的に見せてくれる。
そんな姿を見て、生まれて初めて「父を尊敬する」と、心の底から思った。
病気とは、本当に大変なものだ。
避けて通れるなら、それに越したことはない。
しかし同時に、何か不思議な形ではあるが、『贈り物』とも言えるのかもしれない。
前向きに生きる父の姿と、そんな彼に対する敬意の発現は、
私にとって、思いもかけない、しかも最高の贈り物となった。
贈り主は誰だろう?
ありがとう。お礼状を書きたいな。
幸いにも命を取り留め、麻痺等の後遺症も、恐らく統計的に見れば軽い方なのだろう。
現在、父は自宅に帰ることを目指し、リハビリテーションに励んでいる。
長い年月、悲観的一筋に生きてきた彼が、
今は、「立つ」「座る」「手を伸ばす」といった単純作業を、真剣に練習している。
病院へ見舞いに行くと、ほんの少しずつの進歩を積極的に見せてくれる。
そんな姿を見て、生まれて初めて「父を尊敬する」と、心の底から思った。
病気とは、本当に大変なものだ。
避けて通れるなら、それに越したことはない。
しかし同時に、何か不思議な形ではあるが、『贈り物』とも言えるのかもしれない。
前向きに生きる父の姿と、そんな彼に対する敬意の発現は、
私にとって、思いもかけない、しかも最高の贈り物となった。
贈り主は誰だろう?
ありがとう。お礼状を書きたいな。
2012年6月14日木曜日
健康の秘訣
我が城の前の路地の看板娘といえば、何と言っても、お向かいの奥さんだ。
大正生まれの彼女は、我らが路地を、毎日優雅に巡回する。
いつ見ても、どこから見ても、心身ともに健康そのものの彼女だが、
その秘訣は一体何だろう?
まず、「心」の方。
彼女は、人に会うたび、明るい言葉掛けを忘れない。
朝、ゴミ出しで顔を合わせて挨拶をすれば、「あんた、良い笑顔してるね。実に良い」
出勤時に「行って参ります」と言えば、「おぉ! カッコイイよ! 行ってらっしゃい」
なんて返してくれる。
毎日、町内の皆に、これだけ全面的にポジティブな言葉を掛けていれば、
間違いなく「心」の健康は保たれるだろう。
次に、「身」の方。
こちらはどうだろうか?
そう思っていたら、表から聞こえてきた話し声が、その疑問に応えてくれた。
我らが看板娘と、近所の紳士との会話である。
「ダンナ、元気そうね」
「いやぁ、これでも病院で色々調べてもらうと、次々悪いところが出てきてね」
「あらやだ!色々調べるからだよ。アタシなんか調べたことないから、病気一つしないよ」
2012年6月13日水曜日
くちなし
むかーし、むかし。
ある日、ある女の子が、憧れのボーイフレンドの部屋に初めて招かれた。
お料理上手の彼から、甘いチョコレート・ケーキの作り方を教えてもらう約束をしたのだった。
手土産に何か・・・、と言っても、気の利いたものが思いつかないまま、その朝を迎えた。
おもてに出ると、辺りいっぱいに甘い香りが溢れていた。
くちなしが咲いている。
一枝を手折り、手土産にした。
くちなしを後ろ手に隠して、ドアをノックした。
出迎えた彼は、いつものように、嬉しそうに微笑むと、
やっぱりいつものように、「キレイ」と言ってくれた。
朝、必死になってオシャレをした甲斐があった、と思った。
彼に目をつぶらせ、鼻の前に、くちなしの花をかざした。
匂いを嗅いだ彼が、「あ、ガーデニア」と言うのを聞いて、
西洋かぶれ、と思った。
くちなしを花瓶に挿して、一緒にチョコレート・ケーキを焼いた。
甘い香りが重なって、うんと甘いケーキが焼けた気がした。
幾日か後、「くちなしの枝から、根が出てきたよ」と言われた。
その言葉が、とっても嬉しく聞こえた。
どれくらい昔のことだろう。
まるで、他人事みたいだ。
こんな、むかーし、むかしのこと、
まるで、くちなしの香りのように、季節の移り変わりと共に、すっかり忘れていた。
それでも、こんな、むかーし、むかしの出来事を、今の私が思い出したら、
まるで、くちなしの香りのように、捉えどころがないくせに、すっかり甘い気分にさせられた。
ある日、ある女の子が、憧れのボーイフレンドの部屋に初めて招かれた。
お料理上手の彼から、甘いチョコレート・ケーキの作り方を教えてもらう約束をしたのだった。
手土産に何か・・・、と言っても、気の利いたものが思いつかないまま、その朝を迎えた。
おもてに出ると、辺りいっぱいに甘い香りが溢れていた。
くちなしが咲いている。
一枝を手折り、手土産にした。
くちなしを後ろ手に隠して、ドアをノックした。
出迎えた彼は、いつものように、嬉しそうに微笑むと、
やっぱりいつものように、「キレイ」と言ってくれた。
朝、必死になってオシャレをした甲斐があった、と思った。
彼に目をつぶらせ、鼻の前に、くちなしの花をかざした。
匂いを嗅いだ彼が、「あ、ガーデニア」と言うのを聞いて、
西洋かぶれ、と思った。
くちなしを花瓶に挿して、一緒にチョコレート・ケーキを焼いた。
甘い香りが重なって、うんと甘いケーキが焼けた気がした。
幾日か後、「くちなしの枝から、根が出てきたよ」と言われた。
その言葉が、とっても嬉しく聞こえた。
どれくらい昔のことだろう。
まるで、他人事みたいだ。
こんな、むかーし、むかしのこと、
まるで、くちなしの香りのように、季節の移り変わりと共に、すっかり忘れていた。
それでも、こんな、むかーし、むかしの出来事を、今の私が思い出したら、
まるで、くちなしの香りのように、捉えどころがないくせに、すっかり甘い気分にさせられた。
2012年6月4日月曜日
憧れ
子どもの頃、憧れていたものがある。
それは、『絵柄入のトイレットペーパー』だ。
同級生のお宅でのクリスマス会に招かれたとき、
サンタさんやらトナカイやらの絵の印刷されたトイレットペーパーを初めて目にし、衝撃を受けた。
「こんな素敵なものを、一回使っただけで、流してしまうの?」
そんなところに、『江戸の粋』を感じた。
家族に見せたい、と思った。
手を洗った後、ミシン目から次のミシン目まで、改めて一区切り分だけを切り取った。
畳んでこっそりポケットに入れた。
家に帰ると、ポケットの中身のことなどすっかり忘れて、ポイポイと服を脱ぎ捨て、風呂に入った。
着ていた服も、ポケットの中も、きれいに洗濯してもらった。
あとから思い出し、家族に話してはみたものの、
「洗濯物を出す前には、ポケットの中を確認しなさい」と注意されたり、
「ヨソはヨソ、ウチはウチ。これからもウチは無地のトイレットペーパーでいきます」と釘を刺されたり
するだけだった。
その後も、何人かの友人宅で、素敵なトイレットペーパーを見た。
全体にキレイな色が掛けてあったり、
草花の絵柄がプリントされていたり、
可愛らしいキャラクターがなぞなぞを出していたり、
そんなトイレットペーパーに出会うたび、憧れの気持ちは、大きく、更に大きく、膨らんでいった。
しかしながら、我が家のトイレットペーパー事情が変わることはなかった。
また現実的に、毎日を無地のトイレットペーパーで過ごしたからと言って、不都合は生じない。
その後の私は、現実に合わせて生き延びるため、
憧れの気持ちを、胸の奥に仕舞いこみ、しっかりと鍵を掛けた。
まるで、「トイレットペーパーは、無地であるべし」という価値観の海に、ドップリ浸りきったように、
絵柄入りのトイレットペーパーのことを考えないようになった。
それが、である。
昨年、私の誕生日の数日前、である。
週末のスーパーマーケットをウロウロしていた時、である。
強い憧れの気持ちが、急激に湧き上がった。
それは何十年もの間、胸の奥に、しっかりと鍵を掛けて仕舞いこんでいたものだった。
目の前には、上品な花柄のプリントされたトイレットペーパーがあった。
「本日、日用品全品一割引き」だった。
胸をときめかせながら、手に取り、そして決意した。
「今年の自分への誕生日プレゼントは、これにしよう!」
私は、何十年もの間、胸の奥に掛けていた鍵を開け、憧れを開放した。
その後も、日常的に使用しているのは、やはり無地のトイレットペーパーだ。
しかし、旅先で、あるいは自分の記念日などに、
素敵なトイレットペーパーに出会ったら、迷わず買っている。
前回の旅行では、バラの花柄と何やら読めない横文字がエンボス加工されたものを購入した。
帰りの飛行機では、預け荷物にするか、機内持ち込み手荷物にするか、
さんざん悩んだ挙句、機内に持ち込んだ。
手荷物検査場では「中身を拝見」と要請された。
覚悟を決め、バッグを開けて、素敵なトイレットペーパーを検査官に見せてあげた。
チョッピリ照れくさかったけれど、憧れの気持ちをこうして開放することが、誇らしくも感じられた。
きっと、こんな風に鍵を掛けっぱなしにした『何か』が、他にもいっぱいあるのだろう。
それを人は、「とらわれ」とか「拘り」とか、「コンプレックス」とか、色々に呼ぶ。
それらを持っていることは、たぶん、生きている証みたいなもので、決して悪いことではない。
でも同時に、
それらを見つけて鍵を開け、『何か』を開放してあげること、
これを人は、「成長」とか「克服」とか、「自己実現」なんて呼ぶのではないだろうか。
これからも、胸の奥に掛けっぱなしにした鍵を見つけたら、開けて、『何か』を開放してあげよう。
そして、覚悟を決め、チョッピリの照れくささと誇りをもって、開放した『何か』と共に歩んで行こう。
それは、『絵柄入のトイレットペーパー』だ。
同級生のお宅でのクリスマス会に招かれたとき、
サンタさんやらトナカイやらの絵の印刷されたトイレットペーパーを初めて目にし、衝撃を受けた。
「こんな素敵なものを、一回使っただけで、流してしまうの?」
そんなところに、『江戸の粋』を感じた。
家族に見せたい、と思った。
手を洗った後、ミシン目から次のミシン目まで、改めて一区切り分だけを切り取った。
畳んでこっそりポケットに入れた。
家に帰ると、ポケットの中身のことなどすっかり忘れて、ポイポイと服を脱ぎ捨て、風呂に入った。
着ていた服も、ポケットの中も、きれいに洗濯してもらった。
あとから思い出し、家族に話してはみたものの、
「洗濯物を出す前には、ポケットの中を確認しなさい」と注意されたり、
「ヨソはヨソ、ウチはウチ。これからもウチは無地のトイレットペーパーでいきます」と釘を刺されたり
するだけだった。
その後も、何人かの友人宅で、素敵なトイレットペーパーを見た。
全体にキレイな色が掛けてあったり、
草花の絵柄がプリントされていたり、
可愛らしいキャラクターがなぞなぞを出していたり、
そんなトイレットペーパーに出会うたび、憧れの気持ちは、大きく、更に大きく、膨らんでいった。
しかしながら、我が家のトイレットペーパー事情が変わることはなかった。
また現実的に、毎日を無地のトイレットペーパーで過ごしたからと言って、不都合は生じない。
その後の私は、現実に合わせて生き延びるため、
憧れの気持ちを、胸の奥に仕舞いこみ、しっかりと鍵を掛けた。
まるで、「トイレットペーパーは、無地であるべし」という価値観の海に、ドップリ浸りきったように、
絵柄入りのトイレットペーパーのことを考えないようになった。
それが、である。
昨年、私の誕生日の数日前、である。
週末のスーパーマーケットをウロウロしていた時、である。
強い憧れの気持ちが、急激に湧き上がった。
それは何十年もの間、胸の奥に、しっかりと鍵を掛けて仕舞いこんでいたものだった。
目の前には、上品な花柄のプリントされたトイレットペーパーがあった。
「本日、日用品全品一割引き」だった。
胸をときめかせながら、手に取り、そして決意した。
「今年の自分への誕生日プレゼントは、これにしよう!」
私は、何十年もの間、胸の奥に掛けていた鍵を開け、憧れを開放した。
その後も、日常的に使用しているのは、やはり無地のトイレットペーパーだ。
しかし、旅先で、あるいは自分の記念日などに、
素敵なトイレットペーパーに出会ったら、迷わず買っている。
前回の旅行では、バラの花柄と何やら読めない横文字がエンボス加工されたものを購入した。
帰りの飛行機では、預け荷物にするか、機内持ち込み手荷物にするか、
さんざん悩んだ挙句、機内に持ち込んだ。
手荷物検査場では「中身を拝見」と要請された。
覚悟を決め、バッグを開けて、素敵なトイレットペーパーを検査官に見せてあげた。
チョッピリ照れくさかったけれど、憧れの気持ちをこうして開放することが、誇らしくも感じられた。
きっと、こんな風に鍵を掛けっぱなしにした『何か』が、他にもいっぱいあるのだろう。
それを人は、「とらわれ」とか「拘り」とか、「コンプレックス」とか、色々に呼ぶ。
それらを持っていることは、たぶん、生きている証みたいなもので、決して悪いことではない。
でも同時に、
それらを見つけて鍵を開け、『何か』を開放してあげること、
これを人は、「成長」とか「克服」とか、「自己実現」なんて呼ぶのではないだろうか。
これからも、胸の奥に掛けっぱなしにした鍵を見つけたら、開けて、『何か』を開放してあげよう。
そして、覚悟を決め、チョッピリの照れくささと誇りをもって、開放した『何か』と共に歩んで行こう。
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