2012年8月23日木曜日

ごますりくん

実家に帰ると、食卓には新顔がいた。

「はじめまして!僕、ごますりくんです!」
「・・・はじめまして」とりあえず、私は彼に握手を求めた。
「末のお嬢さんですね?いやぁ、お噂はかねがね伺っていましたが、想像以上に美しい方だ。
あなたのように素敵な方と手を取り合えるなんて、光栄です!」

初対面にしてこの勢いでごまをすれるとは、さすが『ごますりくん』だ。思わず唸った。

「ええ、何しろ僕、ごまをするために生まれてきたもんで。褒められたいことがあったら、何でも仰ってください」
「今、私、落ち込み気味なの。適当に見繕って、ご機嫌とってくれない?」
「生憎ですがね、その『適当に見繕って』っていうの、それだけはできないんです」
「なんで?ごますりくんのくせに」
「僕、全自動じゃないんです。だから、『お任せコース』がないんです。
こうして人と手を取り合って、ゴリゴリと地道にゴマをするタイプなんです。
それにね、考えてもみてください。
たとえ全自動洗濯機だって、『今、どの洗濯物を洗濯機に放り込むか』という問題だけは、必ず各自が判断するでしょう?
『今、何について褒められたいか』という問題くらいは、各自で判断してもらわないといけません」

納得したのか、煙に巻かれたのか、気付いたら私は、「なるほどね」と言っていた。

「そもそも、『何について褒められたいか?』という問題は、本人にしか分からないことです。
例えば、学校で成績の良い子がいる。
だから『頭が良いね』とか『良く勉強して偉いね』とか、軽い気持ちで褒めてみる。
しかし、どう見ても本人にはその褒め言葉が響いた様子はない、なんてことがあります。

実は、褒められた子は、現実の生活の中で、
自分の知識や思考では解決しきれない悩みを抱え、
『僕の頭はテストでしか役に立たない飾り物だ』と心の中で嘆いているのかもしれない。
あるいは、勉強なんかしたこともないのに、偶然にもテストの点数だけが高く、
『良く勉強している』などと声を掛けられても、お門違いに感じるのかもしれない」

「逆に、本人が自らの目指すところに向かって、
何らかの形で現状を打破すべく、行動や不行動の決断を積み重ねているのであれば、
たとえそれが傍から見たら些細なことであったとしても、
誰かがそれに気付いて褒めてくれたら、そこには共感と喜びが生まれる」

「さすが!『一を聞いて十を知る』あなたはそういう方だと思ってました」

「だからこそ、『何について褒められたいか?』は、基本的に本人にしか分からない・・・か」


「そのくらいで良いわ」母の声が、私たちの会話を遮った。
ごますりくんと私の共同作業ですり上がったゴマを、母の手元のボールに入れた。
その日、ごますりくんと一緒にすったゴマは、青菜のゴマ和えになって、晩の食卓に上った。

『ごますりくん』の使い方 : 本体にゴマを入れ、ハンドルを回すと、ゴマをすります。

私は今、何を目指し、どんな状況を打破すべく、どんな行動や不行動の決断をしているだろう?
そしてそれらは、たとえ微細な一歩にしろ、何か前に進んでいるのだろうか?

今度ごますりくんに会うときまでに、『何について褒められたいか?』を考えてみよう。