2011年9月29日木曜日

伸びたい

小学生のころ、クラスで背の順に並ぶと、いつも前から3番目だった。
体の小さいことに、何となく劣等感を持ち、いつも「伸びたい」と思っていた。
背が伸びることは、将来の夢だった。

中学生の間に身長が伸び、クラスで背の順に並ぶと、後ろから3番目になった。
それでも、「伸びたい」は、口癖として残っていた。
背が伸びることは、夢であり続けた。

高校生になると、身長の伸びの止まる同級生が現れた。
そうなると、「やっぱり、伸びたい」と思った。
背が伸びることは、やっぱり、夢であり続けた。

大学生になると、誤差も含め、身長の縮む同級生が現れた。
しかし私は、毎年の健康診断で、僅かずつとはいえ、かろうじて身長が伸び続けていた。
そうなると、「やっぱり、もっと、伸びたい」という気持ちは強まった。
背が伸びることは、益々やっぱり、夢であり続けた。

更に年を重ねても、健康診断で、身長が、少なくとも縮むことはなかった。
「まだまだ伸びる、かも知れない」、私はそれを誇りに思った。
背が伸びることは、いくつになっても、夢であり続けた。

3年ほど前の健康診断でのこと。

例年どおり、「背が伸びていますように」と祈りをささげてから、
靴下を脱いで、身長計測台に乗り、深呼吸をして肩の力を抜き、背筋を伸ばし、あごを引き、
万全を期して測定の瞬間を待った。
小柄な看護師さんが現れ、私の頭上にある、背を測るための小さな板を見上げた。
一瞬考えるようなそぶりをした後、彼女はジャンプして板に飛びつき、空中でアタックした。
痛かった。
頭に、板がめり込んだ感じがした。
彼女は計測結果を読み上げた。
前年度より、3mm縮んでいる。
「すみません。どうしても納得いかないので、もう一度お願いします」
「体重を量りなおされる方は結構いらっしゃるんですけどね」
「体重を量りなおさない分、身長にチャンスをください!」
兎にも角にも、再チャレンジが実現した。
最終結果は前年度より2mm縮んだ数値だった。

「もう二度と背なんか測るもんか!」とふてくされ、
それからというもの、健康診断のご案内に応じていない。

いずれの日か、健康診断の受診を再開する必要が生ずるだろう。
そして、その頃には、きっと毎回縮み続けることだろう。

それでも私は、自分という人間に、いつまでも『伸びしろ』があることだけは信じている。
きっと私は、一生涯、「伸びたい」と願い続けることだろう。

2011年9月28日水曜日

居候

毎年、夏休みやお正月休みを取っては滞在しているお宅がある。
いつ伺っても、パパとママと弟くんが温かく迎えてくれる。
私にとっては、第二の家族だ。

時々は叱られたりケンカしたりしながら、彼等と体当たりのような交流をしていると、
ふしぎと、「私は今ここにいる」という実感が湧いてくる。
「私はここに居り候。そうだ、居候なんだ!」
かくして私は自らを『居候』と称するようになった。

当時12歳のあどけない少年だった弟くんが、東京へ発とうとする私に尋ねた。
「イソウロウって、何?」
「他所のお家にお世話になっている人。お客さんと言うよりは、勝手に居座っている感じかな?」
一瞬、表情を悲しそうに曇らせた彼は、食い付くほどの真剣さで言った。
「絶対に居候じゃない!大切なお客さんだよ。来てくれるととても嬉しいんだ」

当時の私には、辞書とは別の、自分だけの解釈を他人に披露する勇気がなかった。
何の弁明も出来ないまま、「また来るね」とだけ言って、列車に乗った。

東京に帰ったあとも、悲しそうに曇った彼の顔が、記憶から消えることはなかった。
次にいつ会えるともし知れない別れ際に、なんと酷いことを言い捨ててしまったのだろうか。
ゴメンね、素直で優しい、大切な弟くん。

その時から、別れ際の挨拶では、必ずストレートな愛情や感謝のみを表明することとした。
また、自らの話す言葉について意味を尋ねられたら、
(1)まず、自分自身の解釈を説明すること、
(2)一般的な意味の確認が必要であれば、むしろその場で一緒に辞書をひくこと、
にした。
弟くんの前では、居候という言葉を以後一切口に出さないことを決意したものの、
「私は今ここにいる」という実感にピッタリ来る言葉が他に見つからず、
これについては、心の中でのみ、『半ば居候』と称することにした。


今年も遅めの夏休みを取り、半ば居候としての一週間を過ごした。

第二の家族のもとに帰省したのは、深夜だった。
パパは、相変わらず、小噺や動物モノマネを24時間体制で用意してくれた。
ママは、相変わらず、美味しいご馳走を24時間体制で用意してくれた。
弟くんは、気付けば、もう大学院生、美しく立派な青年になっていた。
彼は、相変わらず、自分の部屋を私のために快く明渡し、居間にしつらえた簡易ベッドに寝ていた。
弟くんの部屋には、相変わらず、私からの歴代誕生日プレゼントやカードが全て飾られていた。
弟くんは、相変わらず、こんな私を「大切なお客さん」として迎えてくれる。
それを見て、私は相変わらず、少年時代の彼を傷つけてしまったことに、チョッピリ胸が痛んだ。
きっといつまでも消えることのないこの痛みを、一生大切にしよう。
そして、パパやママや弟くんのように、目の前の相手に、真直ぐに愛を発信し続けよう。
そうするほかに、他人を傷つけてしまった経験につける薬はない。

いまや簡易ベッドには到底入りきらなくなった大きな足が、
ニョッキリと布団からハミ出しているのを見て、
私は、相変わらず、心の中だけでコッソリ言った。

「私はここに居り候。そう、半ば居候だ」

2011年9月27日火曜日

蓮の実

ほんの少し前には、公園の池に蓮の花(*)がいっぱい咲いていた。
それが今は、みんな実をつけている。

この光景を見ていたら、子どもの頃に聞かされた話を思い出した。


昔々、あるところに、可愛い女の子がいた。

ある日、おやつにピーナツが出された。
女の子は一粒口に入れ、ポリポリ、もぐもぐ、味わっていた。
もう一粒を手に取った。
色んな角度から、ようく見た。

「おや、この向きから見ると、ちょうど私の鼻の穴と、形も大きさも似ているぞ」
大発見をした。

科学の世界では、仮説を実験で確かめる必要がある。
片方の鼻の穴に、手に持っていたピーナツを、最も適切と思われる角度で当てた。
思いのほか、ピーナツの方が大きめに思われた。
でも、やってできない大きさではない。
思い切って、少し押してみた。
これまた思いのほか、押せば入るものだった。
鼻の穴の出入り口と、ピーナツの最後尾が揃うようにして、鏡を見た。
こうすると、正面から見たらピーナツの姿は見えない。
上を向いて、鼻の穴を鏡に向けると、ピーナツのお尻が覗いている。

実験は終了した。
結論として、鼻の穴とピーナツの相性はバッチリだった。

さて今度は、実験の片づけをする段階だ。
鼻の穴に入れたピーナツを、どうやって取り出そうか。
当然のことながら、取りたいものは手で掴むべし。
ピーナツを掴み取るべく、鼻の穴に指を入れた。
指を入れると、ピーナツはもっと奥へ逃げていった。
掴もうと指を入れれば入れるほど、ピーナツは奥に入っていく。
思いのほか、鼻の穴には奥行きがあることを知った。

どうしようもなくなり、母親を呼んだ。

母親は、ピンセットで取ろうとした。
しかし、既に鼻の中の湿気を吸ったピーナツは、ふやけていた。
鼻の穴よりも断然大きく膨らんだピーナツは、始末に負えなかった。
どうにもこうにも、ピンセットを入れることさえできなかった。
ピンセット作戦は失敗に終わった。

母親が慌てふためいているのを見ているうちに、
女の子は、胸の内でこみ上げてくるものを感じた。
思わず、もう一方の鼻の穴にもピーナツを入れた。
鼻呼吸が出来なくなった。
金魚のように口をパクパクさせて、いよいよ本人にもこれが一大事であることが分かった。

結局は、近所の耳鼻科へ駆け込み、事なきを得た。


・・・という、それはそれは恐ろしい話だった。
実話なのか、フィクションなのか、今となっては定かでないし、
細部については、きっと長い年月の間に、記憶の内容に変更が生じていることだろう。
何しろ、臨場感たっぷり過ぎた。
まるで自分の鼻の穴にも何か詰まっているようで、ひどく息苦しく感じられた。
話を聞き終えて、心に固く誓った。

これから、一生涯、どんな誘惑があろうとも、鼻の穴にはピーナツを入れるまい!


蓮が実をつけているところは、
まず穴のあるところに、実を押し込んだように見えてしまう。
そして、あの話を聞いたときの恐怖と、その直後の固い誓いが蘇ってくる。

池いっぱいに蓮が実をつけたさまを見て、改めて決意した。

これからの人生、どんな誘惑があろうとも、
鼻の穴には、
ピーナツも、節分のお豆も、ビー玉も、電気のコンセントも、何も入れるまい!

2011年9月19日月曜日

大きくなったら

「大きくなったら、代議士になるといいよ。
連呼に耐えうるフルネームだから」

子どもの頃、同級生が言った。
彼女はその後も、思い出したように、私の将来の職業選択に関する提案をした。

「大きくなったら、コメディアンになるといいよ。
一緒にいると楽しいから」

「大きくなったら、新興宗教の教祖様になるといいよ。
発する言葉、全てを信じたくなるから」

「大きくなったら、物書きになるといいよ。
話を聞いていると、時間の経つのを忘れてしまうから」

そして、卒業を目前に控えて言った。

「いずれにしても、大きくなったら、きっとビッグになると思うよ。
学校を卒業して、お互いすっかり忘れた頃、この名前をどこで見ることになるか、楽しみだな」


子どもの頃は、自分が同級生のことをすっかり忘れるなんて、想像もできなかった。
でも、今となっては、これが小学校時代のことか、中学時代のことか、
それさえも思い出すことができない。
可愛らしい笑顔だけをうっすらと覚えてはいるけれど、彼女の名前も忘れてしまった。

いつまでも色あせない記憶も幾つかはあるけれど、多くのことは忘れてしまう。
かつて私は、忘却することを、ひどく寂しいことと、恐れていた。
しかし彼女の言葉によれば、忘却して初めて、それまでにない全く新しい楽しみが生まれる。

記憶が薄れ行き忘却すること、あるいは、記憶力を始め様々な衰えが生じること、
これらは、必ずしも恐れるべきことではないのかもしれない。
新しい楽しみの始まりと捉えてみようではないか!と、
うっすらとした記憶の中から、小さな彼女は語りかける。


今のところ、私は特別大きくもなければビッグでもないけれど、
彼女の言葉を思い出すたび、未来がとことん明るく感じられて、
いつの日か、大きくなるのが、楽しみになる。

2011年9月18日日曜日

来訪者

暑くて暑くて、玄関と、ベランダの戸と、窓と、三方を開け放して昼寝をしていた。

「誰かいませんか?」と声を掛けられたような気がして、目が覚めた。
台所の真ん中で、お向かいさんの仔猫がこちらを見ている。
玄関から入ったらしい。
起き上がって近付くと、「ミヤーウ」と言った。
ラブリー。
しかし、我が城は動物の飼育を禁止されている。ご退室願おう。
玄関から前足と頭だけ外に出して、
お尻をこちらに残したまま、しばらく名残惜しそうに振り向いていたが、
もう一声鳴いて去っていった。

已む無く、玄関を閉めた。

「ジジッ」と音がした。
蝉がベランダの戸から飛び込んできて、畳の上でひっくり返っている。
自力では寝返りも打てないらしい。
そっと新聞紙ですくい上げて、表に放り投げたら、思いの外、元気に飛び去っていった。

已む無く、ベランダの戸を閉めた。

天井に気配を感じた。
大きな蜂が部屋の中を飛んでいる。
窓以外、入口も出口もない。
団扇で必死の誘導をし、10分ほどのち、やっとのことでお引取りいただいた。

已む無く、窓も閉めた。

結局、空気の出入り口を全て締め切った我が城は、あっという間に蒸し風呂のようになった。
事実上、自らの城をしめ出された私は、
已む無く、近くのスーパーマーケットやら図書館やらで日中の暑さをしのいだ。

人間以外の来訪者の多い一日だった。

お祭り

なぜだろう。
近所のオジサンたちが、普段より格好良く見える。

2011年9月17日土曜日

あんこ

甘いものが食べたくなった。
ちょうど良く、小豆と白玉粉がある。
あんこでも煮て、白玉にしよう!

いつもは母のレシピであんこを煮る。
今回は、インターネットでレシピを入手してみた。
この通りに作ると、本格的な和菓子屋さんの味が、簡単に出来上がるらしい。

まず、小豆を水に浸す。
母のレシピと同じだ。

二、三度、ゆでこぼす。
いつもは一度だけだが、ここは奮発して三度ゆでこぼそう。

砂糖を三回に分けて入れる。
母は二回に分けると言っていたが、私はいつも、隠れて一度にドバッと入れてしまう。
このたびは、もちろん三回に分けて入れてみよう。
砂糖の量も、しっかり計ってみると、いつもより心持ち多目のようだ。

塩を一つまみ入れる。
我が家も同じ。

最後に、みりんを入れる。
これは初めての経験だ。
ぐるぐる混ぜていると、滑らかで、上品な様子になってきた。
これは期待できる!

白玉と一緒に食べてみた。
美味しい!
味も見た目も、本当に和菓子屋さんのあんこみたい!
色もほんのりピンクがかって綺麗だし、何より光沢がある!!

感動のおやつ体験をひとしきり楽しんだ後、お茶を飲みながら思った。

やっぱり母のあんこが食べたい。
お彼岸には実家に帰ることにしよう。
おっかさん、いつものオハギをたらふく食べさせておくれ!

2011年9月13日火曜日

夏休み

「わーい!」と言っている間に過ぎ去り、
あとには宿題だけが残る。

あ・・・、こんなことを言っていては、いかん。
こちらが課す側なのだから。

2011年9月3日土曜日

天は自ら助くるものを助く

にわか雨、という言葉では表しきれないほどの、急な豪雨が時折ある。
そんな日、洗濯物をベランダに干しっぱなしにして、出先で泣いた経験は十指に余る。

こういった経験が豊富だからこそ、
朝、お日様がカンカンと照っているのに、
天気予報では、「突然の雷雨にご注意ください」などと言われると、
果たして、今、回っている洗濯機の中身を、どこに干して出掛けるか、
室内か?ベランダか?
という大問題に直面し、悩む。

そんな時、私はこう唱えることにしている。
『天は自ら助くるものを助く』
すると、室内に干すという決断を下す勇気が湧いてくる。
そうだ、この後、いつ降り出すかわからないもの。

「ああ、英断だった」と悦に入っているのも束の間、お昼になっても、晴れている日がある。
午前中の日差しを勿体無く感じながらも、もう一度唱える。
『天は自ら助くるものを助く』
すると、自らの決断を改めて認める勇気が湧いてくる。
にわか雨は、午後、特に夕方に多いものだから。

その後、夕方になっても、降らない日がある。
丸一日分の日差しを受けることのできなかった洗濯物に思いを馳せながら、また唱える。
『天は自ら助くるものを助く』
そして、今朝の決断は、やはり英断だったと、自分に言い聞かせる。
帰宅するまで、この天気が持つかどうか分からないもの。

結局、帰宅まで雨が一粒も落ちてこない日がある。
今朝の決断は、一体全体、何だったのか、と疑念に取り付かれながら、
カラリとした屋外から、何となく湿っぽい部屋に入り、何となく湿っぽい洗濯物を端から順繰りに触る。
そして、覚悟を決めて、唱え直す。
『天は自ら助くるものを助く』
すると不思議と、まぁいいか、という気になる。

やっぱり私は天に助けられているんだ。
こんな風に、洗濯物の多少の湿っぽさを気にしていられるのは、
今日一日、無事に過ごせたからこそ、なのだから。