2011年9月3日土曜日

天は自ら助くるものを助く

にわか雨、という言葉では表しきれないほどの、急な豪雨が時折ある。
そんな日、洗濯物をベランダに干しっぱなしにして、出先で泣いた経験は十指に余る。

こういった経験が豊富だからこそ、
朝、お日様がカンカンと照っているのに、
天気予報では、「突然の雷雨にご注意ください」などと言われると、
果たして、今、回っている洗濯機の中身を、どこに干して出掛けるか、
室内か?ベランダか?
という大問題に直面し、悩む。

そんな時、私はこう唱えることにしている。
『天は自ら助くるものを助く』
すると、室内に干すという決断を下す勇気が湧いてくる。
そうだ、この後、いつ降り出すかわからないもの。

「ああ、英断だった」と悦に入っているのも束の間、お昼になっても、晴れている日がある。
午前中の日差しを勿体無く感じながらも、もう一度唱える。
『天は自ら助くるものを助く』
すると、自らの決断を改めて認める勇気が湧いてくる。
にわか雨は、午後、特に夕方に多いものだから。

その後、夕方になっても、降らない日がある。
丸一日分の日差しを受けることのできなかった洗濯物に思いを馳せながら、また唱える。
『天は自ら助くるものを助く』
そして、今朝の決断は、やはり英断だったと、自分に言い聞かせる。
帰宅するまで、この天気が持つかどうか分からないもの。

結局、帰宅まで雨が一粒も落ちてこない日がある。
今朝の決断は、一体全体、何だったのか、と疑念に取り付かれながら、
カラリとした屋外から、何となく湿っぽい部屋に入り、何となく湿っぽい洗濯物を端から順繰りに触る。
そして、覚悟を決めて、唱え直す。
『天は自ら助くるものを助く』
すると不思議と、まぁいいか、という気になる。

やっぱり私は天に助けられているんだ。
こんな風に、洗濯物の多少の湿っぽさを気にしていられるのは、
今日一日、無事に過ごせたからこそ、なのだから。