2011年9月28日水曜日

居候

毎年、夏休みやお正月休みを取っては滞在しているお宅がある。
いつ伺っても、パパとママと弟くんが温かく迎えてくれる。
私にとっては、第二の家族だ。

時々は叱られたりケンカしたりしながら、彼等と体当たりのような交流をしていると、
ふしぎと、「私は今ここにいる」という実感が湧いてくる。
「私はここに居り候。そうだ、居候なんだ!」
かくして私は自らを『居候』と称するようになった。

当時12歳のあどけない少年だった弟くんが、東京へ発とうとする私に尋ねた。
「イソウロウって、何?」
「他所のお家にお世話になっている人。お客さんと言うよりは、勝手に居座っている感じかな?」
一瞬、表情を悲しそうに曇らせた彼は、食い付くほどの真剣さで言った。
「絶対に居候じゃない!大切なお客さんだよ。来てくれるととても嬉しいんだ」

当時の私には、辞書とは別の、自分だけの解釈を他人に披露する勇気がなかった。
何の弁明も出来ないまま、「また来るね」とだけ言って、列車に乗った。

東京に帰ったあとも、悲しそうに曇った彼の顔が、記憶から消えることはなかった。
次にいつ会えるともし知れない別れ際に、なんと酷いことを言い捨ててしまったのだろうか。
ゴメンね、素直で優しい、大切な弟くん。

その時から、別れ際の挨拶では、必ずストレートな愛情や感謝のみを表明することとした。
また、自らの話す言葉について意味を尋ねられたら、
(1)まず、自分自身の解釈を説明すること、
(2)一般的な意味の確認が必要であれば、むしろその場で一緒に辞書をひくこと、
にした。
弟くんの前では、居候という言葉を以後一切口に出さないことを決意したものの、
「私は今ここにいる」という実感にピッタリ来る言葉が他に見つからず、
これについては、心の中でのみ、『半ば居候』と称することにした。


今年も遅めの夏休みを取り、半ば居候としての一週間を過ごした。

第二の家族のもとに帰省したのは、深夜だった。
パパは、相変わらず、小噺や動物モノマネを24時間体制で用意してくれた。
ママは、相変わらず、美味しいご馳走を24時間体制で用意してくれた。
弟くんは、気付けば、もう大学院生、美しく立派な青年になっていた。
彼は、相変わらず、自分の部屋を私のために快く明渡し、居間にしつらえた簡易ベッドに寝ていた。
弟くんの部屋には、相変わらず、私からの歴代誕生日プレゼントやカードが全て飾られていた。
弟くんは、相変わらず、こんな私を「大切なお客さん」として迎えてくれる。
それを見て、私は相変わらず、少年時代の彼を傷つけてしまったことに、チョッピリ胸が痛んだ。
きっといつまでも消えることのないこの痛みを、一生大切にしよう。
そして、パパやママや弟くんのように、目の前の相手に、真直ぐに愛を発信し続けよう。
そうするほかに、他人を傷つけてしまった経験につける薬はない。

いまや簡易ベッドには到底入りきらなくなった大きな足が、
ニョッキリと布団からハミ出しているのを見て、
私は、相変わらず、心の中だけでコッソリ言った。

「私はここに居り候。そう、半ば居候だ」