いつ伺っても、パパとママと弟くんが温かく迎えてくれる。
私にとっては、第二の家族だ。
時々は叱られたりケンカしたりしながら、彼等と体当たりのような交流をしていると、
ふしぎと、「私は今ここにいる」という実感が湧いてくる。
「私はここに居り候。そうだ、居候なんだ!」
かくして私は自らを『居候』と称するようになった。
当時12歳のあどけない少年だった弟くんが、東京へ発とうとする私に尋ねた。
「イソウロウって、何?」
「他所のお家にお世話になっている人。お客さんと言うよりは、勝手に居座っている感じかな?」
一瞬、表情を悲しそうに曇らせた彼は、食い付くほどの真剣さで言った。
「絶対に居候じゃない!大切なお客さんだよ。来てくれるととても嬉しいんだ」
当時の私には、辞書とは別の、自分だけの解釈を他人に披露する勇気がなかった。
何の弁明も出来ないまま、「また来るね」とだけ言って、列車に乗った。
東京に帰ったあとも、悲しそうに曇った彼の顔が、記憶から消えることはなかった。
次にいつ会えるともし知れない別れ際に、なんと酷いことを言い捨ててしまったのだろうか。
ゴメンね、素直で優しい、大切な弟くん。
その時から、別れ際の挨拶では、必ずストレートな愛情や感謝のみを表明することとした。
また、自らの話す言葉について意味を尋ねられたら、
(1)まず、自分自身の解釈を説明すること、(2)一般的な意味の確認が必要であれば、むしろその場で一緒に辞書をひくこと、
にした。
弟くんの前では、居候という言葉を以後一切口に出さないことを決意したものの、
「私は今ここにいる」という実感にピッタリ来る言葉が他に見つからず、
これについては、心の中でのみ、『半ば居候』と称することにした。
今年も遅めの夏休みを取り、半ば居候としての一週間を過ごした。
第二の家族のもとに帰省したのは、深夜だった。
パパは、相変わらず、小噺や動物モノマネを24時間体制で用意してくれた。
ママは、相変わらず、美味しいご馳走を24時間体制で用意してくれた。
弟くんは、気付けば、もう大学院生、美しく立派な青年になっていた。
彼は、相変わらず、自分の部屋を私のために快く明渡し、居間にしつらえた簡易ベッドに寝ていた。
弟くんの部屋には、相変わらず、私からの歴代誕生日プレゼントやカードが全て飾られていた。
弟くんは、相変わらず、こんな私を「大切なお客さん」として迎えてくれる。
それを見て、私は相変わらず、少年時代の彼を傷つけてしまったことに、チョッピリ胸が痛んだ。
きっといつまでも消えることのないこの痛みを、一生大切にしよう。
そして、パパやママや弟くんのように、目の前の相手に、真直ぐに愛を発信し続けよう。
そうするほかに、他人を傷つけてしまった経験につける薬はない。
いまや簡易ベッドには到底入りきらなくなった大きな足が、
ニョッキリと布団からハミ出しているのを見て、
私は、相変わらず、心の中だけでコッソリ言った。
「私はここに居り候。そう、半ば居候だ」