むかーし、むかし。
ある日、ある女の子が、憧れのボーイフレンドの部屋に初めて招かれた。
お料理上手の彼から、甘いチョコレート・ケーキの作り方を教えてもらう約束をしたのだった。
手土産に何か・・・、と言っても、気の利いたものが思いつかないまま、その朝を迎えた。
おもてに出ると、辺りいっぱいに甘い香りが溢れていた。
くちなしが咲いている。
一枝を手折り、手土産にした。
くちなしを後ろ手に隠して、ドアをノックした。
出迎えた彼は、いつものように、嬉しそうに微笑むと、
やっぱりいつものように、「キレイ」と言ってくれた。
朝、必死になってオシャレをした甲斐があった、と思った。
彼に目をつぶらせ、鼻の前に、くちなしの花をかざした。
匂いを嗅いだ彼が、「あ、ガーデニア」と言うのを聞いて、
西洋かぶれ、と思った。
くちなしを花瓶に挿して、一緒にチョコレート・ケーキを焼いた。
甘い香りが重なって、うんと甘いケーキが焼けた気がした。
幾日か後、「くちなしの枝から、根が出てきたよ」と言われた。
その言葉が、とっても嬉しく聞こえた。
どれくらい昔のことだろう。
まるで、他人事みたいだ。
こんな、むかーし、むかしのこと、
まるで、くちなしの香りのように、季節の移り変わりと共に、すっかり忘れていた。
それでも、こんな、むかーし、むかしの出来事を、今の私が思い出したら、
まるで、くちなしの香りのように、捉えどころがないくせに、すっかり甘い気分にさせられた。