この季節、必ずと言っていいほど、我が実家で話題にのぼることがある。
それは、「ノーベル賞級の発見」である。
「少なくとも今のところ、ノーベル賞は受けていないけれど、
これは、どう考えてもノーベル賞を受けるに値する発見だ」といった案件が、列挙される。
「『赤飯&ごま塩』、この組み合わせは、ノーベル賞級の発見だ」
「実に素晴らしく有用な発見だ」
「しかし、ノーベル何賞だろうか」
「味の化学変化だから、化学賞でしょう」
「平和賞という考え方もある。
美味しいものを食べれば、満足して気持ちに余裕が出来る。
そうすれば他人を思い遣れるから、世界平和に繋がる」
こんな調子で、化学賞または平和賞に匹敵する先人達の発見が次々と挙げられていく。
『米を炊いて、塩を付けた手で三角に握り、海苔を巻き、食べる』という手順
『あの、強烈な臭いのギンナンの中身が、実は美味しい』という事実
西京漬という最強に美味しい食べ物の作り方
『もち米を蒸してから臼と杵でつく』という手順、および関連する道具
『ヌカ床』というシステム
ウニや栗の中身が食べられるという事実
納豆菌
・・・
それにしても、こんなにも素晴らしく有用な大発見たちが、
何故、これまでノーベル賞を受けてこなかったのだろうか?
長年解き明かされることのなかったこの謎に、今年、とうとう家族の一人が切り込んだ。
「ところで、これらの偉大なる発見、受賞者は誰?」
新たに提示された疑問のお蔭で、どうやら長年の謎が解き明かされそうだ。