昔々、初めての就職をして間もない頃のこと。
仕事から帰ると、留守番電話にメッセージが入っていた。
再生すると、詩を朗読する母の声が聞こえた。
は る
はるは
とても いいにおい
きれいなお花も たくさん
ぢんちょうげのにおいは
だいすき
はちみつのにおいみたい
ちゅうりっぷのめが
ちょこんと かわいく出ている
なんだか そとで
おもいきり あばれたいな
へえ、なかなかいいじゃない。
特に最後の「なんだか そとで おもいきり あばれたいな」が気に入った。
実家に電話し、母にそう話すと、種が明かされた。
これは小学校一年生のときに私が書いたものだった。
当時の担任の先生が、子どもたちの詩を地道に集め、退職後に詩集を出版された。
その知らせを受けた母は早速一冊購入し、そこに掲載された私の作品を発見したそうだ。
先生は、手の掛かる私たち教え子一人ひとりの中に、ちいさな詩人を見ていたのかもしれない。
一方、作者であるはずの私は、詩の好きな先生だったことをかろうじて記憶しているものの、
自分で何を書いたのか、あるいは書かなかったのか、全く身に覚えがない。
今でもこんな詩が書けるのだろうか。
私の中のちいさな詩人は、だいぶ長いこと活躍の場を与えられずに、
錆び付いたり腐ったりしてはいないだろうか。
これから時々は、ちいさな詩人くんの目で周りを見て、鼻を利かせ、耳を澄ましてみよう。
さて、何年か後のある時、この詩の原稿が押入れの奥から発掘された。
一見しただけでは、よもや原稿とは思いもよらない代物だった。
ひらがなを習いたての私の文字は、全体として一まとまりの文章という印象はなく、
ところどころに鏡文字を入れながら、
一文字一文字をやっとこさっとこ、書き上げていったものであった。
その一行一行は、縦に太く引かれた罫線からはみ出してみたり、極端に小さくなってみたり、
右に左に大きくうねり、時々書き取り練習のように同じ行が二、三度繰り返されたりしていた。
あまりにも自由すぎる日本語に、書いた当の本人は、
活字になった『はる』を引っ張り出して見比べながら、必死の判読作業を進めた。
あの原稿を読み取るなんて、先生、本当に尊敬します。