実家に帰ると、心配顔の母に出迎えられた。
彼女の目線の先では、兄弟の一人がパソコンに向かい仕事をしている。
いわゆる、風呂敷残業である。
「あの人、大丈夫かしら?」
溜息まじりの母の疑問に対し、YESかNOかでストレートに答えるのは、極めて困難だ。
「だいぶ働きづめなのかな。疲れていそうだね」
「ほら、それにずっとコンピューターでしょう?」
「眼精疲労に肩こり・腰痛の元ですな」
すると母は、声を潜めて言った。
「それに、『猛烈なウィルスがある』って、ニュースでやってるじゃない?」
「鳥インフルエンザ・ウィルスのこと?日本上陸?しかも、いきなりウチに?」
「今の時代、世界中が24時間繫がってるらしいから、いつここに来るかも分からないでしょう?」
何事につけ、「可能性ゼロ」とは断言しにくいけれど、
その一方で、我が家が日本のウィルス窓口になる、というのも、現実的には考えにくい。
更には、兄弟の風呂敷残業とウィルス感染との間には、関連性はほぼ皆無、と思われる。
首をかしげる私に、母はいっそう声を潜めて言った。
「だ・か・ら、あのコンピューターよ。ウィルスに感染してるかもしれないじゃない?」
母の心配は、こういうことだった。
我が実家のパソコンが、インターネットを介してウィルスに感染する。
そのウィルスが、今話題の鳥インフルエンザ・ウイルスだったとする。
パソコンから兄弟に、ウィルスが感染する。
更に家族全員がウィルス感染する。
それがご近所に、そして日本中に・・・、と感染が広がる。
コンピューター・ウィルスと、動物が感染するウィルスとは全く別物であること、
したがって、コンピューターウィルスが動物や人に感染する恐れはないこと、を母に説明すると、
「な~んだ。せっかく心配してやったのに」と少し残念そうな顔をした。
あっという間に平静を取り戻し、食事の支度に取り掛かる母の後姿を見ていたら、
こんな風に心配してもらえる兄弟が、ちょっとだけ羨ましく感じた。
否、考えてみれば、きっと私も、思いもかけないところで、こんな風に心配されてきたのだろう。
先ほどの部屋に目をやると、
そんな母の心配も知らない兄弟は、パソコンに向かったまま、必死で仕事を続けていた。