都営地下鉄大江戸線に乗る機会を持たぬまま、最近まで過ごしてきた。
それが先日、ついに初めて大江戸線に乗った。
何年くらい遡るだろう。
大江戸線が全線開通したころのこと。
当時のアルバイト先では、勤務時間の中に、「経理部長とお茶」という、なんとも長閑な時間が、
私の全ての出勤日において、毎回およそ一時間ほど設定されていた。
アルバイトの身の上では、なかなか日常的に口にすることのできないような、
ちょっとばかりハイ・グレードなお菓子をお供に、
ちょっとばかりハイ・グレードなお茶を飲み、
そして、ちょっとばかり、否、かなりハイ・グレードな経理部長との会話を楽しむ。
そんな、ハイ・グレード尽くしの時間だった。
経理とは何一つ関わりのない作業をしていたアルバイトの私が、
なぜこのようなハイ・グレードな時間を、しかも勤務時間として、
一回の出勤につき約一時間も設定され、
さらには、それが社長をはじめ役員、社員、何しろ全員から、当然のように承認されていたのか?
これは、当時のアルバイト先における最大の謎である。
さて、ある日の「経理部長とお茶」の時間、彼女は得意気に言った。
「大江戸線って、乗ったことある?」
「つい最近、全線開通しましたね。私はまだ一度も乗ったことはありません」
「乗ったのよ、アタシ、こないだの週末に」
彼女は、大江戸線というものを全く知らない私に、その概要を説明してくれた。
大江戸線の特徴は、まず、その深さにある。
駅に入るべく、地下への階段を下りようとすると、早い段階から下りエスカレーターが存在する。
新しい駅はさすがに気が利いている、とそれに乗ってみる。
すると、踊り場がある。
折り返して、またエスカレーターに乗る。
すると、また踊り場がある。
また折り返して、またまたエスカレーターに乗る。
・・・こんなことを繰り返して、結局6回踊り場が出現し、エスカレーターは6回折り返した。
つまり、7本の下りエスカレーターに乗り継いだことになる。
そこで彼女はこんな感想を抱く。
「ああ、アタシも堕ちるところまで堕ちたわ。これぞまさに地獄の底だ」
地獄の底に到着した彼女は、そこで切符を購入し、改札を通った。
そしてホームに向かうべく、更にエスカレーターに乗った。
改札階からホーム階への下りエスカレーターは、乗ったは良いが降り口が見えない。
乗れども乗れども、下れども下れども、いつまで行っても降り口に出ない。
そんな長い長いエスカレーターに、立っているのがくたびれるほど乗り続け、
やっとのことで、ホームに降り立った。
そこで彼女はこんな感想を抱く。
「地獄の底より深いところまで落とされた。アタシはこの後、シャバに戻れるのだろうか?」
ほどなくして、「電車が来ます」とのアナウンスがあった。
そこで彼女はこんな不安を抱く。
「まさか、この後もまだ落とされるのだろうか?
実は、電車が駅を出発すると、ジェットコースターみたいに、落ちやしまいか?」
まもなく、電車が来た。
四角い、メタリックな、ごく普通の地下鉄の車両だった。
扉が開き、電車に乗り込んだ。
車両内部も、ごく普通の椅子や吊革や手すりが配置された、ごくごく普通の地下鉄内部だった。
発車してから次の駅に到着するまで、一度もジェットコースターみたいに落ちることはなかった。
どうやら、これ以上落とされることは無いらしかった。
どうやら、大江戸線は、
至って普通の地下鉄と同様の車両が、
至って普通の地下鉄と同様の走行をするものであることが分かった。
そこで彼女は、こんな疑問を抱く。
「これじゃあ、普通の地下鉄と変わらないじゃない?」
「普通の地下鉄では、納得いかないご様子ですね。
やはり地獄の底の底たるもの、落ちたりグルグル回ったり、針の山やら血の池やらでトッチメられてみたい、ということですか?」
「地獄はいずれあの世で行くから、そこでゆっくりトッチメてもらうわよ。今は遠慮しとく。
でもね、良い?
そもそもアタシが乗ったのは、『大江戸線』よ。何か足りない、と思わない?」
「・・・いえ」
「鈍いわね。足りないのは、『江戸』。江戸情緒が足りないのよ。
例えば、駅構内を長屋風に仕立てるとか、車両の座席を縁台にして乗客が将棋を指すとか。
駅員さんもお侍さんやら町娘やらの恰好してさ、車内にはクマさん八つぁんがいて、
時々天井から忍者が現れる・・・なんて、期待してたのよ。
電車のドアだって、隠し扉にでもしたら良いのにぃ」
「さすがに隠し扉では乗り降りに差し障りが生じます」
「全く、お堅いのね。アンタみたいなカタブツが設計したのよ、大江戸線は」
結局、大江戸線は、深いばかりで、これと言って何の変哲もない地下鉄だったとはいえ、
お蔭で、問題なく目的地へ移動でき、問題なくシャバに戻れたことを確認し、
その日の「経理部長とお茶」の時間を終えた。
このたび初体験した地下鉄大江戸線というものは、
確かに、エスカレーターは長く続き、駅は深い深い地の底にあった。
そして確かに、駅の様子も、電車の外見も内部も走りかたも、ごく普通の地下鉄だった。
そんな、深い深い駅へのエスカレーターを下り、ごくごく普通の地下鉄大江戸線に乗っていたら、
かつての「経理部長とお茶」の時間が、懐かしく思い起こされた。
かの経理部長は、私の父と同い年、誕生日もちょうど一箇月違いだったっけ。
かの経理部長は、私の父と同い年、誕生日もちょうど一箇月違いだったっけ。
今もお元気だといいな。