2014年9月28日日曜日

先祖への感謝

先週末は、地元の神社のお祭りであった。

一週間も前になると、町中に提灯が掛かり、のぼりが立てられる。
そうなると、近所の、いつもはフツーのオジサンやオバサンたちが、
不思議と揃って若返り、どことなく粋でカッコイイ若衆と、カワイイ娘たちに見えてくる。

そんな若衆と娘たちが、ワクワク、ソワソワしている町内の空気が、大好きだ。
そして当然、このクライマックスたるお祭り当日は、私にとって外すことのできない日となる。
つまり先週末、なんとしても私は、この町内に身を置いておく必要があった。

ところで、
先週末は、お彼岸の入りでもあった。

毎年彼岸の入りには、実家の母がおはぎを作る。これが我が家の慣わしである。
母の煮るあんこは絶品で、有名な和菓子屋さんさえ足元にも及ばない。
少なくとも、私にとってはそうである。
世界中のどこを探しても、いくら札束を積み上げても、
このおはぎを食べさせてくれるところは、実家の他にないのである。

更に言うならば、おはぎはそうそう日持ちするものではない。
少なくとも、我が家ではそうである。
出来上がった3色のおはぎは、テーブルの上に乗るが早いか、見る見るうちに消えていく。
少なくとも、我が家のおはぎはそうである。
今の時代、さまざまな変化が加速する、早い者勝ちの世の中だ。
タイミングを逃したら最後、おはぎにありつくことはできない。

というわけで、当然のことながら、
母がおはぎを作る彼岸の入りは、私にとって絶対に外すことのできない日となる。
つまり先週末、なんとしても私は、実家に身を置いておく必要があった。

さて、ここで一つ問題が生じる。

私は今、生きている。
生きているということは、肉体という物理的な制約を受ける。
そして物理的に存在する私の肉体は、一つしかない。
この一つしかない肉体を、同時に二箇所に分けて置くことは、絶対的に不可能なのである。

ところが、である。

この日、私は祭りを堪能するために、我が城の町内に身を置く必要があった。
同時にこの日、私はおはぎを堪能するために、我が実家に身を置く必要もあった。
これら二つの場所は、世界地図上で示すならば、ほぼ同じ地点と言えるものの、
実際に片方からもう片方に、この肉体を移動しようとすると、
交通機関を乗り継いで、小一時間ほどかかってしまう。
これらは、間違いなく別々の二つの場所と言わざるを得ない。

To be in 町内 or in 実家, that is the question.
ハムレットのごとく、私は苦悶した。

そこに神輿が近づいてきた。
単純な私は、我知らず表に走り出て、神輿の後ろの人混みに仲間入りした。
しばし町内を練り歩き、神酒所に着いた瞬間、我に返った。
気付けば、夕暮れ時である。
祭りは未だ続いている。
しかし今頃実家では、一旦現れたおはぎが全て消えてなくなってしまった、かもしれない。
単純な私は、我知らず地下鉄に乗り、実家へ急いだ。

「お帰りなさい!」玄関を開ける母の顔は達成感に溢れていた。
3色おはぎは一度テーブルの上に並んだことが、明らかに見て取れた。

今や、それらが消えてしまったのか、残っているのか、それこそが最大の問題だ。

テーブルの上には、それらしい皿は見られない。
やはり遅すぎたのだろうか。
あまりに強い不安に駆られた私は、この最大の問題を口に出すことさえできなかった。

「お彼岸だから」母に促されるまま、ご先祖様に挨拶をすべく仏壇の前に行くと、
そこには3色のおはぎが1セット、供えられていた。
隣に目をやると、父の写真の前にも1セットが供えられている。
そしてそのまた隣の祖母の写真の前には、私がこよなく愛するゴマおはぎがひとつ。

「あなたの分は、ご先祖様とお父さんとおばあちゃんが死守してくれたのよ」
まさに母の言葉通り、私のおはぎは、ご先祖様と父と祖母が、死してなお守り通してくれた。

母の絶品のおはぎを存分に堪能したら、
幼い頃、一緒に暮らしていた祖母の言葉が思い出された。
「お彼岸は、亡くなった人と気持ちが通じやすい時なんだ。
そんな時こそ、ご先祖様に良く良く感謝するんだよ」
まさに祖母の言葉通り、私の気持ちは、亡くなった人達にしっかり通じていたようだ。

お父さん、おばあちゃん、ご先祖様、今日は私のおはぎを守ってくれて、ありがとう。
それから、いつも見守ってくれて、ありがとう。