昔々のアルバイト先にお邪魔していたら、かかりつけの税理士先生がやってきた。
かつて二、三度かお目に掛かった程度だが、あの頃とちっとも変わらない。
彼女は私の顔を見て、知り合いだろうか、それとも初対面だろうか、と少しばかり戸惑っているようだった。
「こんにちは。十数年前にこちらでお世話になっていました○○です」
私の申し出をもとに過去の記憶を辿り、一瞬にしてその中にこの顔を見つけた彼女は、明るく微笑みながら言った。
「のびやかな あなたの文字を 覚えてる」
今度は私が戸惑った。
私の書く文字はお世辞にものびやかとは言えない、これが自己評価である。
何しろ文字が、紙の中、あるいは罫線と罫線の間に収まりきらないのが常である。
つまり、やたらと大きい。
高々、「○時○分、○○様からお電話ありました」とメモ書きをする、たったそれだけのために、A5サイズ程度の用紙を必要とするのだ。
このため、何かを書くときには、用紙の中、そして罫線と罫線の間に何とかして文字を収めようと悪あがきをする。
お蔭さまで、書きあがった書類なり手紙なりは、用紙や記入欄の中で文字と文字とがお互いに押し合いへし合いして、たいそう窮屈そうなのだ。
こんな私の文字を「のびやか」と形容され、人違いかしら、と戸惑ったのだ。
すると彼女が付け加えた。
「ほら、宛名、時々書いてくれたじゃない?」
確かに、経理部長が書類か何かを郵送するとき、封筒に宛名を書くよう頼まれることはよくあった。
当時の事務所には筆が常備されていて、封筒の宛名は基本的に筆書きであった。
如何に文字が大きいと言っても、角2封筒に小筆で宛名を書く程度であれば、
押しくらまんじゅうしなくても、大抵の場合全ての文字はそこに収まってくれた。
そのうえ、ペン先の衝撃がそのまま響いてくるボールペンとは異なり、
筆で書くときの手応えは、クッションを噛ませたように柔らかく心地よい。
お蔭で、角2封筒に宛名を書くのだけは気分が良く、大好きだった。
こんなこと、すっかり忘れていたけれど、思いもかけず記憶の糸が繫がり、合点がいった。
私の表情からそれを読み取った彼女は、更に付け加えた。
「あなたの書いた封筒は まるで大空駆け巡り
名もない けれど美しい 世界の景色を楽しんで
最後にここに来てくれた そんな気持ちにしてくれる」
歌うような彼女の言葉に、
これまで宛名を書いた封筒達が、一斉に真っ青な空へ舞い上がった。
窓から、そんな景色が見えた気がした。