「そうだ、ハイキングしよう!」
電車に1時間ほど揺られ、沢沿いに歩き出しだ。
陽気の良い休日のためか、それとも、近頃流行りのスポットに成り上がったのか、
そのハイキングコースには人が列をなしていた。
私のすぐ後ろからは、若い女性二人の弾むような声が聞こえてくる。
彼女たちのオシャベリがふと途切れたと思うと、一人が声を潜めて言った。
「ほら、前の人、『ひとりハイキング』だよ」
「そう、私は今『ひとりハイキング』の最中です」と心の中で答えると、
もう一人が声に出して応じた。
「ほんとだ。う~ん、でも、もしかして、頑張ったら私もできるかな?『ひとりハイキング』」
「勇気あるぅ。じゃあ、『ひとり旅』は?したことある?」
「ない。でもいつかはしてみたいな。なんとなくカッコイイじゃない?憧れる」
ひとり旅、私はしたことある。というより、これまでにした旅行の殆どは一人だった。
「じゃあ、『ひとりランチ』は?」
「ランチはファーストフードとかファミレスなら一人で入ったことあるけど・・・」
「『ひとりディナー』は?」
「さすがにそれはない。
でもね、去年の私の誕生日、みんなでフレンチに行ったじゃない?
あの時、斜め前の席で、女の人が『ひとりフレンチ』してたよ」
「えーっ!いくつくらいの人?水商売っぽい人?」
「んー、・・・30代半ばくらいかなぁ。ふつうの、OLっぽい感じ」
「待ち合わせの相手がなかなか来ないとか?」
「たぶん・・・初めから一人で予約してたんじゃないかな。
テーブルに一人分しかセットされてなかったし。
赤ワインかなんか飲んじゃってさ、気分良さそうにやってた」
そう言えば、自分の誕生祝いに休暇を取り、
『ひとりハイキング』に『ひとり日帰り温泉』、最後に『ひとりフレンチ』と、
『ひとり○○』の梯子をしたこともあった。
そうそう、あの時はたしか、赤ワインを頼んだっけ。
今、すぐ後ろで話題になっている『ひとりフレンチ』の女は、まさか、この私なのだろうか・・・
『ひとり者』の『ひとり暮らし』が長くなると、
『ひとり朝食』『ひとりランチ』『ひとりディナー』はごくありふれた日常の一コマだ。
むしろ当たり前すぎて、彼女たちの話題提供がなければ、自分が『ひとり○○』をしていることに気付きさえしなかっただろう。
仕事が一区切りすれば、『ひとり反省会』をするのも常である。
チョット良いことでもあれば、『ひとり晩酌』。
自分で自分にお祝いするなら、『ひとり割烹』や『ひとりフレンチ』に『ひとりプレゼント』、
それから、『ひとり甘味屋さん』は自分へのご褒美の隠し玉だ。
休日には『ひとり散歩』やら『ひとり観劇』に『ひとり展覧会』、
遠出するときは大概『ひとり旅行』になる。
稀ではあるが、『ひとりあやとり』だってする。
子どものころに『ひとりゴム跳び』をしたことがあったけど、こればっかりは酷くやりにくかった。
お蔭で、ゴム跳びというのは複数人で遊ぶべきもの、との教訓を得た。
ゴム跳びのような特例を除けば、まず一人は気楽なものだ。
「○○しよう!」と思い立ったら、誰と待ち合わせるでもなく、その場で行動に移せる。
しかも、全ての決定権は独占とくる。
いつだったか『ひとり昼寝』をしていたら、
いつの間にやら部屋に上がって来たお向かいの仔猫に、
「おひとりですか?」と覗き込まれて目を覚ましたこともあった。
ひとり○○は、他人や他動物から話しかけられる機会も増すのかもしれない。
これまで、『ひとり旅行』で『ひとり温泉』の最中に偶然出会ったご婦人から、
思いもかけず、波乱万丈の半生を聞かせていただいたことやら、
蕎麦屋で『ひとりざる蕎麦』をしていたら、偶然相席になった紳士から、
彼の天ぷらそばに乗っていた天ぷらを全部ご馳走していただいたことやら、
味わい深いご縁に恵まれてきた。
こんな経験も、『ひとり○○』のお蔭だろう。
結構贅沢なものよ、『ひとり○○』。これまで、『ひとり旅行』で『ひとり温泉』の最中に偶然出会ったご婦人から、
思いもかけず、波乱万丈の半生を聞かせていただいたことやら、
蕎麦屋で『ひとりざる蕎麦』をしていたら、偶然相席になった紳士から、
彼の天ぷらそばに乗っていた天ぷらを全部ご馳走していただいたことやら、
味わい深いご縁に恵まれてきた。
こんな経験も、『ひとり○○』のお蔭だろう。
さて、久し振りに、仲間とのハイキング計画が持ち上がった。
山道を歩きながら、『ひとり○○』の話でも聞かせてやろう。
そう思うと、週末が待ちどおしい。
ひとりはひとりで楽しいけれど、
誰かと一緒も、良いものだ。