2017年8月11日金曜日

捨てる鉢あれば

前出の「彼」が瑞々しい羽を広げ、新たな門出をした。
そして私は、再びひとり暮らしに戻った。

否、「戻った」という言葉はしっくりこない。
かつて、ひとり暮らししか知らなかった頃のひとり暮らしと、
一旦「彼」との暮らしを味わってしまった後のひとり暮らしとでは、
土台としての期待値が大きく異なるのだ。

かつての私にとっての帰宅とは、
何もかもを自分の思い通りにできる自分の城に入り、存分に休むことであった。

一方、「彼」と暮らした私にとっての帰宅とは、
何もかもが私と異なる「彼」の、想定外の行動や変化に翻弄されることとなった。
「最近食欲が旺盛だから、食べる物が足りないんじゃないか?」
「今日は暑かったから、熱中症で倒れているんじゃないか?」
「私を捨てて家出していないか?」
そんな私の心配をよそに、彼は飢えることも倒れることも家出することもなく、
私の予想とは別の順序で葉っぱを食べ、徐々に大きくなり、
私の予想とは異なるタイミングで色を変え、形を変え、
私の予想をはるかに超えるたくさんのウンチを残して、そして羽ばたいていった。
私は帰宅するたび、想定外の彼の行動や変化に驚いた。
「想定外のことに翻弄される喜び」を知ってしまったのだ。

想定外のことに翻弄されるつもりで、喜びを味わうつもりで、帰宅して眺めてみると、
何もかもが自分の思い通りの自分の城というのは、
どうにもこうにも味気ない。

誰もいない鉢植えを眺めていると、自ずと「彼」のことが思い出される。
あれだけたくさんウンチをしたくせに、
黒から緑に色を変えたくせに、
芋虫から蛹に形を変えたくせに、
蛹から蝶になったくせに、
どれもその決定的瞬間だけは見せてくれなかった。
なにさ、ケチ。
誰もいない鉢植えを眺める私は、すっかり捨て鉢になった。

あれ?
何か小さな黒っぽいものが葉っぱの上にあるぞ。
ウンチが下に落ちずに、こんなところに留まっているなんてこと、あるのかしら。

よく見ると、小さな小さな芋虫だ。
よくよく見ると、こっちにもう一匹。
あれれ?
ここにも、そこにも、あそこにも……。
ひとつ、ふたつ、と数えてみると、8匹の芋虫がいるではないか。

私に「彼」という喜びをもたらしたのは、そもそもこの鉢植えだ。
その同じ鉢植えを眺めて、私は捨て鉢になっていた。
そして、捨て鉢だった私に、この鉢植えがまた、喜びをもたらしてくれそうだ。