2011年7月27日水曜日

過去の栄光、現在の徐行

毎朝、近くの池の周りを走っている。
前にここを走ったのは、高校生のときだ。
校内の駅伝大会に、選手として出場した。
その駅伝では、第一走者も第二走者も第何走者も、出場者全員が同じ池を一周ずつ走る。
だから、区間賞は第何走者かを問わずにタイムだけを並べて決められる。
その年、私は区間第二位の成績だった。

高校の行事とはいえ、それなりに歴史のある大会だった。
歴代の区間賞に関し、タイム順に並べて第二十位までは記録と名前が残される。
その歴代二十位にも入った。
翌年以降の大会で、より早く走った者がいれば、
順繰りに記録も名前も押し出され、消えてなくなってしまうので、
今でもその時の私の記録が残っているかどうかは、定かでない。

いずれにせよ、高校生のときは、涼しい顔をして他人を追い越すために走っていた。
追い越されるのも、弾んだ息遣いに気付かれるのも、耐えられなかった。
当時の区間第二位という成績も、一位でない事が不満足だった。
その時受取った賞状も、ぞんざいにしているうちに、なくしてしまった。

一方、今は、
ややもすると歩いている人にまで追い越されかねない勢いで走っている。
私を追い越さないのは、反対向きに走っている人か、池に咲く花の写真を撮っている人だけだ。
そんなペースでも、すぐにへばってしまう。
息は、初めから隠しようもなく弾みっぱなしだ。

誰のことを追い越すこともなく、走っているのか歩いているのか、
はたまた、もがいているのかも分からないような姿で徐行している。
こんな今の私を、もし、高校生の私が見たら、どんなにがっかりするだろう。

一方、こんな今の私は、もがきながらの徐行を結構楽しんでいる。
同時に、いきがっていた高校生の私のことも可愛く思えて、なんとなく憎めない。