2012年7月19日木曜日

メジャーと体重計

ここ数ヶ月、不都合を感じていることがある。
それは、私の身体と衣服との寸法上の齟齬だ。

ある朝、着替えると、なんだか窮屈に感じた。
「服が縮んだかな?洗濯の仕方が荒かったかな?」と思った。

翌朝、別の服に着替えたものの、やはり窮屈だった。
「これも縮んだかな?何でも洗濯機でガラガラやるのは良くないかな?」と思った。

その翌朝も、そのまた翌朝も、毎朝それが続いた。
衣替えをしても、まだまだ同様の朝が続いた。


そんなある日、実家に帰ると、一ヶ月振りに顔を合わせた兄弟から、
「顔と体がまん丸な人、お帰りなさい」との歓迎を受けた。

別のある日、友人の母上と一年振りにお会いした。
「あらまあ、ふっくらしして可愛いこと!」

また別のある日、三ヶ月ぶりにお目にかかった恩師からは、
第一声、「太った?」と尋ねられた。

そうか!私が太ったのか!

毎朝、毎朝、どの服に着替えても窮屈に感じる日々が何ヶ月も続いている。
しかも、服の丈方向には、これといった変化は見られない。
洗濯や保管のコンディションのために、全ての服が幅方向のみ縮んだ、とは考えにくい。
衣類の側に変化はなく、私の身体が太くなった、という解釈が妥当だろう。

更に、この解釈のうえに立てば、
兄弟からの歓迎の言葉も、友人の母上の挨拶も、容易に説明がつく。

私は恩師の質問に答えた。「ええ、まあ、たぶん・・・」
「だいぶ増えたでしょう?5kgくらい?」
「ええ、まあ、たぶん・・・」
「じゃあ、寸法もだいぶ増えたのね。どれくらい?5cmくらい?」
「ええ、まあ、たぶん・・・」

私の歯切れ悪さには、訳がある。

我が城には、メジャーも体重計もある。
しかし、メジャーは家具の寸法を測るために、体重計は大きな荷物の重さを量るために、
もっぱら使用してきた。

自分の持ち物であるメジャーと体重計を用いて、自分の身体を計測したことが、ない。
自分の身体に関しては、従来の寸法も重さも不明であり、現在の寸法も重さも不明である。
従って、それぞれの増加量も不明なのだ。

箪笥の服が軒並み窮屈になってしまった今、
いよいよ、 自分の持ち物であるメジャーと体重計を用いて、自分の身体を計測する時が来た、
と判断すべきだろうか?

待てよ。
今、不都合を感じているのは、私の身体と衣服との寸法上の齟齬だ。
私の身体を何度計測してみたところで、衣服との寸法上の関係に影響を及ぼすとは考えにくい。

いっそのこと、服の寸法や重さでも計ってみるか。
それで向こうさんが気を利かして、こちらに合わせてくれると、助かるんだけどなぁ。