ここ数ヶ月、不都合を感じていることがある。
それは、私の身体と衣服との寸法上の齟齬だ。
ある朝、着替えると、なんだか窮屈に感じた。
「服が縮んだかな?洗濯の仕方が荒かったかな?」と思った。
翌朝、別の服に着替えたものの、やはり窮屈だった。
「これも縮んだかな?何でも洗濯機でガラガラやるのは良くないかな?」と思った。
その翌朝も、そのまた翌朝も、毎朝それが続いた。
衣替えをしても、まだまだ同様の朝が続いた。
そんなある日、実家に帰ると、一ヶ月振りに顔を合わせた兄弟から、
「顔と体がまん丸な人、お帰りなさい」との歓迎を受けた。
別のある日、友人の母上と一年振りにお会いした。
「あらまあ、ふっくらしして可愛いこと!」
また別のある日、三ヶ月ぶりにお目にかかった恩師からは、
第一声、「太った?」と尋ねられた。
そうか!私が太ったのか!
毎朝、毎朝、どの服に着替えても窮屈に感じる日々が何ヶ月も続いている。
しかも、服の丈方向には、これといった変化は見られない。
洗濯や保管のコンディションのために、全ての服が幅方向のみ縮んだ、とは考えにくい。
衣類の側に変化はなく、私の身体が太くなった、という解釈が妥当だろう。
更に、この解釈のうえに立てば、
兄弟からの歓迎の言葉も、友人の母上の挨拶も、容易に説明がつく。
私は恩師の質問に答えた。「ええ、まあ、たぶん・・・」
「だいぶ増えたでしょう?5kgくらい?」
「ええ、まあ、たぶん・・・」
「じゃあ、寸法もだいぶ増えたのね。どれくらい?5cmくらい?」
「ええ、まあ、たぶん・・・」
私の歯切れ悪さには、訳がある。
我が城には、メジャーも体重計もある。
しかし、メジャーは家具の寸法を測るために、体重計は大きな荷物の重さを量るために、
もっぱら使用してきた。
自分の持ち物であるメジャーと体重計を用いて、自分の身体を計測したことが、ない。
自分の身体に関しては、従来の寸法も重さも不明であり、現在の寸法も重さも不明である。
従って、それぞれの増加量も不明なのだ。
箪笥の服が軒並み窮屈になってしまった今、
いよいよ、
自分の持ち物であるメジャーと体重計を用いて、自分の身体を計測する時が来た、
と判断すべきだろうか?
待てよ。
今、不都合を感じているのは、私の身体と衣服との寸法上の齟齬だ。
私の身体を何度計測してみたところで、衣服との寸法上の関係に影響を及ぼすとは考えにくい。
いっそのこと、服の寸法や重さでも計ってみるか。
それで向こうさんが気を利かして、こちらに合わせてくれると、助かるんだけどなぁ。