2012年10月6日土曜日

銀メダルな気持ち

ロンドンオリンピック開催期間中、
実家に立ち寄ると、世間並みにオリンピックの話題で持ちきりだった。

トーナメント式で試合に勝ち進み、順位の決まる種目がある。
予選で勝ち残り、準々決勝で勝ち、準決勝で勝ち、決勝戦で勝ったら、金メダルだ。

ここで、順位が確定する最後の試合だけに注目してみると、
 決勝戦に勝って決まるのが、金メダル、
 決勝戦に負けて決まるのが、銀メダル、
 三位決定戦に勝って決まるのが、銅メダル、
である。

すると、だいぶ乱暴な話だが、
仮に上記の切り口で、順位が確定した瞬間の気持ちを極めて簡略化して表すと、
 「勝ったー!金メダルだ!」
 「負けたー!銀メダルだ!」
 「勝ったー!銅メダルだ!」
となる。

こうなると、銀メダルだけ、確定した時の気分が異なるのではないか。
・・・なんてことを、家族と話していた。

その日は、実家で晩御飯だけ食べたら、すぐに失礼する予定だった。
食事中、何者かの気配を感じた。
足元で、フワリとした感触があった。

「奴が、いる」

私の一言で、その場の全員は凍りついたように動きを止めた。
私はテーブルの下を覗き込み、もぐり込み、そこで一つ殺生をした。
テーブルの下から這い上がり、皆の前で、血のついた手のひらを見せた。
「うぉー!」という歓声と共に、拍手が沸き起こった。

私には、特技(*)がある。
それは、「飛んでいる蚊を取る」ことだ。
今回の家族からの賞賛は、まさにこの特技に対するものだった。

食後の歓談タイムは、私の特技披露会と化した。
私は順調にターゲットを仕留め続けた。
その度に家族に手のひらを見せ、拍手を受けては、血のついた手を洗い流した。

15匹を仕留め、16匹目を追いかけているときだった。
ターゲットは、高度を下げることなく、天井付近を飛び続けた。
このままでは、惜しいところで手が届かない。
こうなったら勝負に出るしかない。
膝を深く曲げ、一気に飛び上がり、空中で手を伸ばし、両手をパチンと合わせた。
着地した瞬間、立ち上がれないほどの脱力感に襲われた。
ターゲットは、私の頭上を悠々と飛んでいた。

「後半残り5分、選手には疲れが出てきたようです。完全に足が止まっています」
家族の中継が入った。
時計に目をやると、今夜私がここを出る予定時刻まで、残り5分だった。

結局、16匹目は仕留められないまま時間切れとなり、この場を離れることにした。

首をうなだれる私に、家族は必死で賞賛の言葉を掛けた。

「15匹も取っちゃうなんて、すごいよ!」
「でも、16匹目は逃がした」

「しかも、こんな短い時間で!」
「でも、最後の5分で負けた」

「それにさ、15匹仕留める間、一度も空振り無しだったじゃん!」
「でも、最後の16匹目は空振りだった」

「きっと、もう家の蚊は皆いなくなったよ!」
「少なくとも、さっき逃がした16匹目はいる」

家族の気遣いの甲斐なく、私の落胆は、どうすることもできなかった。
玄関で皆の見送りを受けながら、私は言った。

「私はずっと勝ち続けた。予選で勝ち残り、準々決勝で勝ち、準決勝でも勝った。
人々は私を賞賛してくれる。
でも、最後の決勝戦で負けてしまった。
あぁ、銀メダルな気持ち」