2016年7月27日水曜日

友の父へ

 一周忌にあたり、お便り申し上げます。

 今でも、残されたご家族は寂しく思われる時もあるでしょう。一方、お父様ご自身はいかがですか。そちらから眺めながら、我ながらなかなか良い家族を築き上げ、子どもたちも立派に育ったものだと、満足されているのではないでしょうか。

 聞き上手なOさんが、ご自身やご家族について語られることは決して多くないように思います。そんな中、話題に登られる頻度において、お父様は断トツでした。明るく茶目っ気があり、ご家族を大切にされているご様子が目に浮かぶような話し振りからは、Oさんが、きっと小さいころから、お父様を素直に敬愛されていたことが伝わってきます。そんなお話は聞いているだけでも心温まり、面識はないけれど、いつの間にかお慕いするようになっていました。

 「家族を大切にする父親」というと、まず思い出すことがあります。
 私は学生時代に一件だけ家庭教師のアルバイトをしたのですが、そのお宅のお父様から、こんなふうに依頼されました。
 「うちのK子は本当に素直な子でね、これは学歴なんかとは比べ物にならない、一生の宝物だ。だから僕は、あの子の素直さだけは絶対に潰したくないんだ。
 そんな素直なあの子も、これからいわゆる『難しい年ごろ』に入る。これまでの価値観に疑問を持って世界を広げようというのが、『反抗期』であり、『難しい年ごろ』なのだろう。そんな時期、親・兄弟でも学校の先生でも同級生でもない、彼女の生活圏の外との関わり、中でもお姉さんのような存在との関わりを持つことができたら、良い糧になるように思う。
 だから『勉強しろ!』なんて焚き付ける必要なんかない。適当に宿題か何か見てやりながら、むしろオシャベリにつき合ってやる、そんなつもりで来てくれないかな。」
 それを聞いて、「こんな、アメリカのホームドラマに出てくるような、理想的な父親が、この日本に実在して、しかもこれから毎週そのお宅に伺うなんて!」と衝撃を受けたことを覚えています。
 私の空想の中では、このお父様とOさんのお父様のイメージが不思議と重なり、「きっとOさんのお宅でも、アメリカのホームドラマや家庭教師先と同様、犬を飼っていて、犬の散歩という名のもとに、親子の語らいのひとときが日常的に保たれてきたに違いない!」などと、勝手に決め込んでいました。

 ところで、私の父は一年半ほどお先にそちらの世界に参りました。ひどく偏屈な変わり者で、いつも苦虫を噛み潰したような顔をして、世界中の物事を悪いように捉えては、手あたり次第に苦言ばかり吐いていたものです。
 父が元気な時分は、その卑屈さが鬱陶しくたまりませんでした。友人や知人の中に、自分の父親を素直に慕う人を見つけると、羨ましさのあまり、嫉妬を押さえきれないことさえありました。そんな時は決まって、「こんな素敵なお父さんの子どもに生まれていれば、私だってきっと、今頃はもっとまともな人間になっていたんだから」などと心の中で負け惜しみを言っては、そんな自分を憂いたのです。つまるところ、父の姿を通して、自分の卑屈さが鏡のように映し出されることこそが、鬱陶しさのもとだったのでしょう。
 ところが、あるとき気付きました。Oさんが楽しそうにお父様のお話をされる様子を前に、微笑ましくはあるものの、嫉妬も負け惜しみも感じません。むしろ、父を亡くして恋しく思うのは、あの、しかめっ面と憎まれ口だったのです。
 お蔭さまで今は、あのどうしようもなく後ろ向きなダメ親父の子に生まれた御縁に感謝しています。


 さて、こうして他所のお父様にとりとめもなくお便りを綴っていたら、自分の父親から近況報告が届いた気がします。どうやらそちらに行ってからは、生前滅多に見せなかった笑顔で穏やかに過ごしているようです。

 Oさんのお父様が大切にされてきたご家族それぞれの悲しみが少しでも癒え、皆さんが笑顔で元気に過ごされますように。きっと、それが何よりの供養ですよね。
 ではまた。