私はポケットに手を突っ込んで、一枚の紙きれを出した。
詩とも散文ともつかない、そもそも愚にもつかない文章だ。
いつだったか、ヒマに任せて、誰に見せるつもりもなく書いたらくがきが、
その朝、引出しから出てきたのだ。
それをそのままポケットに入れていたのを思い出した。
「私の書いた文章を聞いてもらえませんか?」
住み慣れた場所で暮らし続けたかった彼女が、今はここで暮らしている。
これだって、どうしようもない。
彼女は目を輝かせ、「もちろんよ」と答えた。
私が読み始めると、彼女は自分の耳を私の口に近づける。
私と息を合わせ、私の読むのと調子を合わせて、「うん、うん」とうなずく。
文の切れ目、ちょっと間が空くと、こちらを見て「え?」と言う。
私が続ければ、彼女はまた耳を近づける。
二人で息を合わせ、調子を合わせて……、を繰り返すうち、
子どものころ「おじょうさん、おはいんなさい」と、
二人で一つの縄跳びをした感覚がよみがえった。
らくがきが終わり、「おじょうさん、おはいんなさい」も終わった。
彼女は「うん、うん」を止め、こちらを見て「おしまい?」と尋ねた。
「はい、おしまいです。」
「そう……。どうしようもないね!」
「どうしようもないね!」それは、元気だった頃の彼女の口癖だった。
気丈で、機転が利いて、ユーモアがあって、行動力満点だった彼女が、まさか認知症を患うなんて、誰が想像しただろう。
でもこればっかりは、どうしようもない。
私が読み始めると、彼女は自分の耳を私の口に近づける。
私と息を合わせ、私の読むのと調子を合わせて、「うん、うん」とうなずく。
文の切れ目、ちょっと間が空くと、こちらを見て「え?」と言う。
私が続ければ、彼女はまた耳を近づける。
二人で息を合わせ、調子を合わせて……、を繰り返すうち、
子どものころ「おじょうさん、おはいんなさい」と、
二人で一つの縄跳びをした感覚がよみがえった。
らくがきが終わり、「おじょうさん、おはいんなさい」も終わった。
彼女は「うん、うん」を止め、こちらを見て「おしまい?」と尋ねた。
「はい、おしまいです。」
「そう……。どうしようもないね!」
「どうしようもないね!」それは、元気だった頃の彼女の口癖だった。
気丈で、機転が利いて、ユーモアがあって、行動力満点だった彼女が、まさか認知症を患うなんて、誰が想像しただろう。
でもこればっかりは、どうしようもない。
住み慣れた場所で暮らし続けたかった彼女が、今はここで暮らしている。
これだって、どうしようもない。
私が彼女に聞かせたらくがきは、とても正直で、かつ、愚にもつかないものだった。声に出して読み返してみて、それが改めて良く分かった。
これだって、どうしようもない。
これだって、どうしようもない。
そして私の中には、意固地の虫が住んでいる。こいつが時々頭をもたげては、見栄やら意地やらを張る。そうすると私は、自分を窮屈な穴ぐらに押込めて、自らの自由を奪ってしまう。
これもあれも、どれもそれも、みんなどうしようもないことだらけだ。
どうしようもない二人が、「おじょうさん、おはいんなさい」をして、
どうしようもない時間を過ごしていた。
そこに、彼女の口癖は、昔々聞き慣れたままの調子で、あっけらかんと明るく響いた。
それはまるで、「どうしようもなくていいよ」と、天から注ぐ日差しのようだった。
これもあれも、どれもそれも、みんなどうしようもないことだらけだ。
どうしようもない二人が、「おじょうさん、おはいんなさい」をして、
どうしようもない時間を過ごしていた。
そこに、彼女の口癖は、昔々聞き慣れたままの調子で、あっけらかんと明るく響いた。
それはまるで、「どうしようもなくていいよ」と、天から注ぐ日差しのようだった。