2011年11月3日木曜日

ターシ君

夏休みやお正月休みを取っては滞在しているお宅がある。
そこには、ターシ君と名づけられた猫が出入りしている。
その界隈を縄張りとするオス猫で、住所は不定らしい。

2年ほど前に見たターシ君は、
ツーシ君(ツヨシ君)という、なんとも男らしい名の母猫の後ろに隠れて、
世界中の全てに怯え、体をブルブルと震わせながら、玄関前に現れた。
ツーシ君なら丸呑みしてしまうような、小指の先ほどの小さな魚の切れ端を一つだけ貰うと、
植え込みの陰にすぐ逃げ込んで、時間を掛けて食べた。
そんな食の細い、やせっぽちで、ひどく臆病な仔猫だった。

今年の夏休み、ターシ君に再会した。
開け放した玄関から猫の鳴き声が聞こえると、パパは、
「あ、ターシ君が来た!」と出迎えに行った。
そして、とてつもなく大きなトラ猫を抱えて居間に戻ってきた。

これが食の細い、やせっぽちで、ひどく臆病な、あのターシ君?
この貫禄満点のネコさんが?

我が両の目を疑った。
しかしよく見れば、目の辺りには子ども時代のターシ君の面影が確かに残っている。
歩く姿は のっしのっし と横綱さながらだが、
子ども時代からの臆病な性格は変わらないらしく、
見慣れぬ私に対し警戒心を露わにした。
「あんた、何者ニャー」

ターシ君は、毎日少なくとも朝と晩の二回、来訪する。
夕食後の一時間ほど、決まって私が留守番をしていると、
これまた決まって玄関でターシ君の声がする。
この家の流儀に従い、戸を少しだけ開けて招き入れる。
玄関には、口を開けたままのカリカリ(乾燥タイプの猫の餌)の大きな袋が立ててある。
ターシ君が来たら、これを倒す。
ターシ君は、袋に頭から入って行く。
尻尾だけを袋から出して、中でカリカリ、カリカリ、と食べる。
満足すると、ターシ君は袋から出てくる。
そして見慣れぬ私の顔を見て、警戒心を露わにする。
「ところであんた、何者ニャー」
「東京から参りました○○です。
こちらのお宅とは長い付き合いでして、今回一週間ほどの滞在を予定しております」
などと自己紹介してみるものの、ターシ君の警戒心が解けることはない。

次の晩も、その次の晩も、留守番をしていると同じことが繰り返される。
ターシ君の警戒心も変わらない。
「図々しいあんた、一体何者ニャー」

結局、1週間の滞在中、ターシ君の私に対する警戒心が緩むことはなかった。

さて夏休みもこれでおしまい。東京に発とうと玄関を出ると、ターシ君が待っていた。
ついに私を第二の家族と認めて、別れの挨拶をしに来てくれたの?
ガラス細工のような淡い期待が胸の中に生じるのを感じた。
「怪しい人物、まったく何者ニャー」
ガラス細工は瞬時にして砕け散った。

さんざん怪しませてしまって、ゴメン。
でもねターシ君、公式には、あなたの方が野良なのよ。