職場の壁には、恐らく他の多くの職場と同様、大きなホワイトボードが掛けられ、
『行動予定表』と題されたメンバー一覧として使用されていた。
外出や、会議などによる離籍、出張、休暇、などの際、
行動予定と帰社時間とを、自分の名の書かれた行の各欄に記入する。
そして職場に戻ったら、自分の行をきれいに消す。
行動予定の欄には、
主に行き先、『第○会議室』、『××出張』や、『休暇』などが書かれる。
帰社時間の欄には、
『13:00』などの時刻や、『4/21』などの日付が書かれる。
職場にいる者の行は、名前の欄以外が真っ白だし、
不在の者の行には、行き先と、戻ってくる時刻または日付が書かれている。
これでメンバーの行動が一目瞭然、という、なんとも便利なアナログ・システムである。
ある日、とある先輩が外出した際、帰社時間の欄に『すじ』とあった。
確認すると、『すぐ』を走り書きしたものであることが分かった。
それからというもの、その職場では、「すぐ戻る」ことを、「すじ戻る」と言うようになった。
また別のある日、別のとある先輩が外出した時には、帰社時間の欄に『NR』とあった。
それが何を意味するかを知らなかった私は、在席中の先輩に尋ねた。
「『NR』って、何ですか?」
「直帰、つまり、会社に戻らずそのまま帰宅するってこと。『ノー・リターン』の略だよ」
なるほど、と納得すると同時に、なぜか先輩と私の口をついて、同じ言葉が出た。
「ノー・リターン、ノー・タリーン」
それからというもの、その職場では『NR』を「ノー・タリーン」と読むようになった。