ある年、夏休みの単発バイトをした。
科学イベント・ブースでの、工作教室の説明係だった。
教室の参加者は殆どが小学生で、彼らに工作の手順を説明したら、あとは、各自の作業を応援し、完成を共に喜ぶ。
参加者が入れ替わっては、説明と応援と歓喜が夕方まで繰り返され、
更にそれが数日間繰り返された。
最終日の、とある回に参加した女の子が、作業をしながらポツリと言った。
「お母さんは、どうしてあっちに行っちゃうんだろう?」
見ると、母親は娘から少し離れて、壁面に貼られた図表を眺めていた。
「あっちには、何か魅力的なものでもあるんじゃない?」
「魅力的なもの?本当にある?それとも私に興味ないのかな?」
「興味津々、大ありに決まってるじゃない!」
「どうしてそう思うの?」
「そりゃ、大切な娘だもん。後で、お母さんに『私のこと好き?』って訊いてごらん?『大好き!』ってとろけちゃうよ」
「え~」
彼女は、嬉しそうに照れながら体をくねらせた。
しかし突然、表情を引き締めて尋ねてきた。
「もし、自分に娘がいて、毎日一緒に暮らしていても、いつでも『大好き!』って、言える?」
ドキッとした。
体の中身までえぐられるような、鋭い眼差しだった。
「もちろん!」
「じゃあ、悪さをしても?」
「悪さって、どんな悪さ?お母さんのスカートでもめくって叱られたの?」
「そんなバカなことはしない」
「さすがだな、利口なことしかしないのか~」
そこに母親が様子を見に来た。
「お母さん、あっちには何か魅力的なものがあったの?何を見ていたの?」
「魅力的なもの?資料集があったから、それを見てたけど・・・」
「お母さんには、それが魅力的なの?」
工作をする娘と説明係の私との間で、今の今まで繰り広げられていた会話を知らない母親に、
この質問の意図を読み取れと言うのは、困難を通り越して、無理な相談だった。
何も出来ない他人の私は、黙って見ているのもいたたまれず、横から軽く合いの手を入れた。
「学生時代と違って、大人になってから見る資料集は、格別に面白くて魅力的ですよね!」
「ええ、そうね。・・・あ、工作教室、改め、人生相談になったのかな?」
察しの良い母親は、私の言葉に合わせながらも、
娘が真剣な様子で、喉から出掛かっている私への問いかけを必死に抑えていることに気付き、
既に見終わった資料集をもう一度眺め直すことにして、その場を離れた。
「でもね、上手く言えないけど、もし自分の娘が何か悪さをしても、絶対に怒らないの?」
「『悪さ』って言葉だけだと意味が広すぎて、判断は難しいな。
ただ、自分の子どもはもちろんのこと、世界中の子ども達一人ひとりに、将来、人生をより幸せに歩んで、より楽しめるような大人になって欲しい。
だから、もしそれを妨げるようなことを自分の娘がしたら、私が悲しんでいるってことだけは、何とかしてその子に伝えたい。
それが怒っているように見えるかもしれないけど、実際は、伝えるのに必死になっているだけだろうな」
彼女は相槌さえ打たずに、ただただ真直ぐに、真剣に、しばらくの間私を見つめた。
その視線は、私の良心を鑑定しているかのようだった。
そして、おもむろに工作を再開した。
すんなりと綺麗に作り上げ、完成品を母親に見せて、無邪気に喜んだ。
「ありがとうございます!」明るく礼儀正しく、ほんの少しだけ照れ臭そうに言い、去っていった。
バイトの全日程を終え、ボンヤリと星を眺めながら、少し遠回りして歩いて帰った。
あの時の、あの質問は、彼女のどんな重大な局面をあらわしていたのだろう。
果たして、私の反応は、適切なものだったろうか。
傷つけるような言葉遣いはなかったろうか。
希望(*)を削ぐような態度はなかったろうか。
答えの出ない疑問がグルグル回り、喉元が締め付けられた。
気付くと、星に向かって、心の中で彼女に話しかけていた。
お母さんは、あなたの行いの好悪に係わらず、いつでもあなたを大好きだと思うよ。
叱るなんて、愛(*)をもって注意深く見ていなければ、絶対に出来ないことだ。
たまに叱られることがあっても、良いチャンスと思って、納得いくまで話し合ったら、
今よりも、もっともっと、お母さんと好き合うようになるんじゃないかな。
その後、彼女は母親と、どのように関わっているだろう。
延いては、自らの人生と、どのように関わっていくのだろう。
もしも将来また会うときがあったら、あなたの考えを聞かせてね。
そして、今度は私の人生相談に乗ってね。