2012年5月3日木曜日

片想い

入院中のを見舞いに行った。
エレベーターを降りると、ロビーには、車椅子に座り、ぼんやりとテレビを眺める父がいた。
「おぉ、良く来たな。忙しいんだろう?」
父は私に気付くと、珍しくねぎらいの声を掛けた。

外は夏みたいに暑いことや、共通の知人からの見舞いの伝言や、私の近況を報告した。
父は携帯ラジオの使い方が分からないと何度も言い、私はそれを何度もノンビリと教えた。
そのたびに父は、帳面のページを改め、同じことを何度も丁寧にメモした。
ここでの生活について父に尋ねると、
病院の食事はお粥ばかりでツマラナイとか、街中にある大きな眼鏡屋さんに行きたいとか、
愚痴とも希望とも取れることをいくつか並べた。
残念なことに、どれも今すぐ私の力でどうにかしてあげられそうにはなかった。

何か欲しいモノは無いか、と尋ねると、
家に帰れば何でもあるから、ここにいる間は要らない、と言った。
これから『ここにいる間』がどれくらい続くのか、私には見当がつかなかった。

「本でも読む?」と尋ねると、
あの作家のあの作品だったら、一冊ここに置いても良い、と言った。
週末にはその本を買って来ることを約束し、仕事に向かうことにした。
「忙しいのに、ありがとうな」
「じゃあ、またね」
短い、何てことのない、でも何となく少しは心の通った、父との時間を過ごした気がした。


翌日、母から電話があった。
「あなた、昨日・・・お父さんのところに行った?」不思議そうな声で尋ねられた。
「うん、行ったよ」
「そう、やっぱり!」
母は合点が行ったらしく、状況を説明した。

母が父を見舞いに行くと、「昨日はアイツが来た」と、父の妹、私から見ると叔母の名を言った。
「あの子じゃないの?」母が私の名を言うと、
「いやぁ?」と、父は心当たりのない様子だったそうだ。
その後、ちょうど叔母から電話があったので確認すると、やはり叔母は病院に行っていない。
「やっぱりあなたよね?」と私に電話を掛けてきた、ということだった。

「そうそう、私。よく『若い頃のアイツに良く似てる』って言われるものね。
やたらな人と間違えてもらっては困るけど、
飛び切り美人の叔母さんとなら、間違えられても、まあ、悪い気はしないやね。
次は週末お見舞いに行くつもり。お母さんも無理しないで」
そう言って、電話を切った。

短い、何てことのない、でも何となく少しは心の通った気がした、父との時間は、
父にとっては、妹との時間だった。

こういうの、『片思い』って言うのかなぁ。