入院中の父を見舞いに行った。
エレベーターを降りると、ロビーには、車椅子に座り、ぼんやりとテレビを眺める父がいた。
「おぉ、良く来たな。忙しいんだろう?」
父は私に気付くと、珍しくねぎらいの声を掛けた。
外は夏みたいに暑いことや、共通の知人からの見舞いの伝言や、私の近況を報告した。
父は携帯ラジオの使い方が分からないと何度も言い、私はそれを何度もノンビリと教えた。
そのたびに父は、帳面のページを改め、同じことを何度も丁寧にメモした。
ここでの生活について父に尋ねると、
病院の食事はお粥ばかりでツマラナイとか、街中にある大きな眼鏡屋さんに行きたいとか、
愚痴とも希望とも取れることをいくつか並べた。
残念なことに、どれも今すぐ私の力でどうにかしてあげられそうにはなかった。
何か欲しいモノは無いか、と尋ねると、
家に帰れば何でもあるから、ここにいる間は要らない、と言った。
これから『ここにいる間』がどれくらい続くのか、私には見当がつかなかった。
「本でも読む?」と尋ねると、
あの作家のあの作品だったら、一冊ここに置いても良い、と言った。
週末にはその本を買って来ることを約束し、仕事に向かうことにした。
「忙しいのに、ありがとうな」
「じゃあ、またね」
短い、何てことのない、でも何となく少しは心の通った、父との時間を過ごした気がした。
翌日、母から電話があった。
「あなた、昨日・・・お父さんのところに行った?」不思議そうな声で尋ねられた。
「うん、行ったよ」
「そう、やっぱり!」
母は合点が行ったらしく、状況を説明した。
母が父を見舞いに行くと、「昨日はアイツが来た」と、父の妹、私から見ると叔母の名を言った。
「あの子じゃないの?」母が私の名を言うと、
「いやぁ?」と、父は心当たりのない様子だったそうだ。
その後、ちょうど叔母から電話があったので確認すると、やはり叔母は病院に行っていない。
「やっぱりあなたよね?」と私に電話を掛けてきた、ということだった。
「そうそう、私。よく『若い頃のアイツに良く似てる』って言われるものね。
やたらな人と間違えてもらっては困るけど、
飛び切り美人の叔母さんとなら、間違えられても、まあ、悪い気はしないやね。
次は週末お見舞いに行くつもり。お母さんも無理しないで」
そう言って、電話を切った。
短い、何てことのない、でも何となく少しは心の通った気がした、父との時間は、
父にとっては、妹との時間だった。
こういうの、『片思い』って言うのかなぁ。