最近、新しい趣味が出来たことに気付いた。
それは、「ブログの推敲」だ。
たまに、脈絡もなく突然に、かつて書いたものを読み返したくなる。
対象となる投稿は、つい最近のものだったり、だいぶ前のものだったり、
そのときの思いつきにより異なる。
読み返してみると、「てにをは」やら句読点やら、誤字脱字の修正をしたくなる。
興に乗ると、話の筋道にまで手を入れ始めてしまう。
投稿一つ一つの公開前に、推敲くらいしておいたら良いのに、という考え方は、
これを、作業効率を向上すべき仕事として捉える場合にのみ、成立する。
しかし、ここで言う推敲は、飽く迄も趣味、
すなわち、仕事・職業としてでなく、個人が楽しみとしている事柄なのだ。
句読点の打ち方一つで、様子がずいぶん変わることがある。
そんな時、「てんで大違い」って、こんなことかしら、とほくそ笑む。
ひと月以上も遡って投稿をこねくり回しているうちに、結末まで変わってしまうことがある。
そんな時、「この変更は、誰も知ることのない、私だけのもの」という気がする。
人ごみの中で、無防備に宝物を晒していても、誰一人それに目を留めることさえないような、
そんな錯覚に陥る。
新しい趣味、これもやはり、これまでの趣味(*)と同様、
履歴書にも書けないし、人に胸を張って言うこともできない。
こんな、小っ恥ずかしくも非生産的な行為に夢中になって、さんざん時間の無駄遣いをした後、
なぜか不思議な爽快感を味わう。
青春って、こんなことを指すのだろうか。
2011年11月28日月曜日
2011年11月24日木曜日
先生って・・・
何となく好きな人がいる。
大学の事務室で出勤簿に押印する時、大抵は彼女が対応してくれる。
ただ挨拶をして、事務的に判を押すだけの数十秒間、何を話すわけでもない。
それでも、明るく輝く瞳と爽やかな笑顔を見ると、
これからラッキーなことがありそうな気がする。
その彼女と、チョットだけ立ち話をした。
話の枝葉のところで、小さな告白があった。
「先生(*)って・・・前から、その・・・何て言うか、可愛らしいなって思ってたんです」
「可愛らしい」という言葉が文句なしに当てはまる年齢ではない私に、
ためらいがちにも、この表現を選び抜いた、というその話し振りから、
この単語を、今、私のために特別に定義し直してくれたように感じられた。
それが嬉しかった。
可愛らしい : 愛すること(*)が可能であるらしい
愛されること、与えられることを求めるのではなく、
愛すること、与えることを喜びとし、そこに価値を置く。
そんな印象を受けましたよ、と言われた気がした。
ラッキーなことに、また一人、素敵な理解者を見つけてしまった。
授業前のひと時、ソフトクリーム(*)を片手に、芝生に腰を下ろして、日向ぼっこをした。
木々の葉は恥じらいがちに赤らんでいた。
冷たい風に、だいぶ体温を奪われたけれど、
不思議と、寒く感じなかった。
大学の事務室で出勤簿に押印する時、大抵は彼女が対応してくれる。
ただ挨拶をして、事務的に判を押すだけの数十秒間、何を話すわけでもない。
それでも、明るく輝く瞳と爽やかな笑顔を見ると、
これからラッキーなことがありそうな気がする。
その彼女と、チョットだけ立ち話をした。
話の枝葉のところで、小さな告白があった。
「先生(*)って・・・前から、その・・・何て言うか、可愛らしいなって思ってたんです」
「可愛らしい」という言葉が文句なしに当てはまる年齢ではない私に、
ためらいがちにも、この表現を選び抜いた、というその話し振りから、
この単語を、今、私のために特別に定義し直してくれたように感じられた。
それが嬉しかった。
可愛らしい : 愛すること(*)が可能であるらしい
愛されること、与えられることを求めるのではなく、
愛すること、与えることを喜びとし、そこに価値を置く。
そんな印象を受けましたよ、と言われた気がした。
ラッキーなことに、また一人、素敵な理解者を見つけてしまった。
授業前のひと時、ソフトクリーム(*)を片手に、芝生に腰を下ろして、日向ぼっこをした。
木々の葉は恥じらいがちに赤らんでいた。
冷たい風に、だいぶ体温を奪われたけれど、
不思議と、寒く感じなかった。
2011年11月21日月曜日
奥深い知恵
干し芋干し器(*)をもう一つ作って、実家にプレゼントした。
家族が、「干し芋を作ってみたら、スルメのように硬くなってしまった」と漏らした。
世界中の、むかし話を初めとする様々な物語において、
年長者達の固定観念を打ち破り、最も奥深い知恵をもって物事を実践するのは、
他ならぬ末っ子と相場が決まっている。
おお、知恵の浅い年長者達よ。
この家で最も奥深い知恵を持つ末娘が、干し芋の作り方を教えてやろう。
① 芋を洗い、蒸かす。
② 途中、火の通り具合を見るために、芋の端っこを少し切り取り、バターを付けて食べる。
③ もう少し蒸かして、今一度、端っこを切り取り、一つまみの塩を振って食べる。
④ 蒸しあがったら、繊維方向に包丁を入れ、1cm程度の厚みに切る。
このとき、マヨネーズをつけて味を見ることを忘れずに。
⑤ 切った芋を、干し芋干し器に並べる。
このとき、形が崩れたものがあれば、誰にも見られないうちに、お腹の中に片付けておく。
⑥ 芋を並べた干し芋干し器を、ベランダに干す。
⑦ 干し具合確認のため、およそ1~2時間おきにベランダに出ては、適当な芋を選び、かじる。
そうこうしているうちに、2日ほどで干し芋干し器は空になっている。
この通りに作れば、スルメのように硬くなる心配はない。
ざっと説明を終えたところで、家族からコメントがあった。
「それでは、完成版の干し芋が手に入らない」
おお、知恵の浅い年長者達よ。
この家で最も奥深い知恵を持つ末娘が、「干し芋を作る」とは何かを教えてやろう。
そもそも、「干し芋を作る」とは、純粋にそのプロセスを楽しむためのいとなみであり、
浅ましくも、完成品を得るためにする行為ではない。
すると、家族から質問が出た。
「完成版の干し芋は、どうやって手に入れるのか?」
おお、知恵の浅い年長者達よ。
この家で最も奥深い知恵を持つ末娘が、完成版の干し芋の入手方法を教えてやろう。
お店屋さんに行って、買う。
私の予想をアッサリと裏切り、
家族は呆れた顔を見せることなく、揃って神妙に、「なるほど」と頷いた。
あらら?
実はこれ、本当に奥深い知恵だったのだろうか。
家族が、「干し芋を作ってみたら、スルメのように硬くなってしまった」と漏らした。
世界中の、むかし話を初めとする様々な物語において、
年長者達の固定観念を打ち破り、最も奥深い知恵をもって物事を実践するのは、
他ならぬ末っ子と相場が決まっている。
おお、知恵の浅い年長者達よ。
この家で最も奥深い知恵を持つ末娘が、干し芋の作り方を教えてやろう。
① 芋を洗い、蒸かす。
② 途中、火の通り具合を見るために、芋の端っこを少し切り取り、バターを付けて食べる。
③ もう少し蒸かして、今一度、端っこを切り取り、一つまみの塩を振って食べる。
④ 蒸しあがったら、繊維方向に包丁を入れ、1cm程度の厚みに切る。
このとき、マヨネーズをつけて味を見ることを忘れずに。
⑤ 切った芋を、干し芋干し器に並べる。
このとき、形が崩れたものがあれば、誰にも見られないうちに、お腹の中に片付けておく。
⑥ 芋を並べた干し芋干し器を、ベランダに干す。
⑦ 干し具合確認のため、およそ1~2時間おきにベランダに出ては、適当な芋を選び、かじる。
そうこうしているうちに、2日ほどで干し芋干し器は空になっている。
この通りに作れば、スルメのように硬くなる心配はない。
ざっと説明を終えたところで、家族からコメントがあった。
「それでは、完成版の干し芋が手に入らない」
おお、知恵の浅い年長者達よ。
この家で最も奥深い知恵を持つ末娘が、「干し芋を作る」とは何かを教えてやろう。
そもそも、「干し芋を作る」とは、純粋にそのプロセスを楽しむためのいとなみであり、
浅ましくも、完成品を得るためにする行為ではない。
すると、家族から質問が出た。
「完成版の干し芋は、どうやって手に入れるのか?」
おお、知恵の浅い年長者達よ。
この家で最も奥深い知恵を持つ末娘が、完成版の干し芋の入手方法を教えてやろう。
お店屋さんに行って、買う。
私の予想をアッサリと裏切り、
家族は呆れた顔を見せることなく、揃って神妙に、「なるほど」と頷いた。
あらら?
実はこれ、本当に奥深い知恵だったのだろうか。
2011年11月14日月曜日
ドライブ・デート
以前、仕事でお世話になったオジサマ方と一緒に、小ぢんまりと昼食会をした。
「北海道で、ドライブ・デートしたよね。覚えてる?」一人のオジサマが私に言った。
「もちろん!」
数年前、東京では残暑の厳しい頃、肌寒い初秋の北海道に出張した。
とある催しの事前現場確認のために、
あっちからこっちへ、宿泊場所も転々としながら、
プロジェクト関係者たち、かなりの大所帯で、数日間を過ごした。
3日目辺りだったろうか、もともと乗り物に弱い私は、移動に次ぐ移動が応えてきた。
車酔いせずに一日過ごせることだけを祈りながら、朝の集合時刻に集合場所に参上し、
とある企業チームの移動車両に、間借りで乗せていただいた。
車で40~50分ほど走ったら、本日最初の確認地点に着く予定だった。
30分ほどを車中で過ごしたとき、自分の手元が、何か物足りなく感じた。
時計がない。
カバンの中もポケットの中も、探してみたが、見つからなかった。
ホテルのベッドサイドに置きっぱなしにしたことが、記憶としてよみがえって来た。
「あ~ぁ、親友とお揃いで買った、思い出の時計なのに・・・」思わず口から出た。
「じゃあ、戻ろうか?」運転中のオジサマは軽く言った。
「そんなこと、ダメです!どうせ安物だし・・・業務中なのに、皆さんに迷惑掛けられません」
その日のスケジュールも、かなりタイトなものであった。
屋外での確認作業は、日が落ちたらおしまいだ。
今からホテルに戻ったら、最低でも1時間のロスタイムが生じる。
下手に戻ったら、確認する場所を1箇所、割愛することになるかもしれない。
大所帯だったこともあり、皆を待たせることもできないし、
この車両のみ別行動を取って、同乗の企業チームだけに割を食わせることもできない。
「じゃあ、とりあえず行くとこまで行ってから考え直そう」オジサマは進み続けた。
最初の確認場所に到着すると、同乗していたもう一人のオジサマが降り際に言った。
「皆には適当に言い訳しておくよ」
運転席のオジサマの言葉がすぐに続いた。
「戻ろう」
優柔不断な私にさえ、決めかねてモジモジすることを許さないような、絶対的な迫力だった。
二人で宿に戻る途中、オジサマは言った。
「ものの価値は値段ではない。
思い出の品というのは、そんなに簡単に諦めてはいけない。
ましてや、仕事中だからとか、他の人に迷惑が掛かるとか、そんな心配してはダメだ。
私はこれを迷惑だなんて思っていないし、
あなたと親友との思い出のために一役買えるなら、むしろ光栄なくらいだ」
かくして、思い出の時計を取り戻した。
急いで現場に行くと、必要な確認を済ませた大所帯全員が、ノンビリと休憩していた。
広い牧草地で思い思いに過ごす関係者達は、まるで放牧された羊のように見えた。
「どう、あった?」アイスクリームをペロペロしながら、こわもての羊さんが私に尋ねた。
「ありがとうございます。お蔭様で見つかりました。お待たせしてしまい、申し訳ありません」
スケジュールが気に掛かる私は、平謝りに謝った。
「これ美味しいよ。あっちで売ってるの。皆もまだ食べてるし、一息いれたら?」
なんだか、気が抜けてしまった。
確かにタフなスケジュールはまだ続くけれど、それだけに皆もチョット休憩したかったのかな。
その場の全員が、私の思い出のために、喜んで一役買ってくれたようでもあった。
親友との思い出に加え、
関係者が揃って羊さんになり、暖かく見守ってくれたドライブ・デートの思い出の詰まった
その安物の時計は、
その後一年足らずで、壊れて止まってしまった。
それでも今なお、私の大切な宝物だ。
「北海道で、ドライブ・デートしたよね。覚えてる?」一人のオジサマが私に言った。
「もちろん!」
数年前、東京では残暑の厳しい頃、肌寒い初秋の北海道に出張した。
とある催しの事前現場確認のために、
あっちからこっちへ、宿泊場所も転々としながら、
プロジェクト関係者たち、かなりの大所帯で、数日間を過ごした。
3日目辺りだったろうか、もともと乗り物に弱い私は、移動に次ぐ移動が応えてきた。
車酔いせずに一日過ごせることだけを祈りながら、朝の集合時刻に集合場所に参上し、
とある企業チームの移動車両に、間借りで乗せていただいた。
車で40~50分ほど走ったら、本日最初の確認地点に着く予定だった。
30分ほどを車中で過ごしたとき、自分の手元が、何か物足りなく感じた。
時計がない。
カバンの中もポケットの中も、探してみたが、見つからなかった。
ホテルのベッドサイドに置きっぱなしにしたことが、記憶としてよみがえって来た。
「あ~ぁ、親友とお揃いで買った、思い出の時計なのに・・・」思わず口から出た。
「じゃあ、戻ろうか?」運転中のオジサマは軽く言った。
「そんなこと、ダメです!どうせ安物だし・・・業務中なのに、皆さんに迷惑掛けられません」
その日のスケジュールも、かなりタイトなものであった。
屋外での確認作業は、日が落ちたらおしまいだ。
今からホテルに戻ったら、最低でも1時間のロスタイムが生じる。
下手に戻ったら、確認する場所を1箇所、割愛することになるかもしれない。
大所帯だったこともあり、皆を待たせることもできないし、
この車両のみ別行動を取って、同乗の企業チームだけに割を食わせることもできない。
「じゃあ、とりあえず行くとこまで行ってから考え直そう」オジサマは進み続けた。
最初の確認場所に到着すると、同乗していたもう一人のオジサマが降り際に言った。
「皆には適当に言い訳しておくよ」
運転席のオジサマの言葉がすぐに続いた。
「戻ろう」
優柔不断な私にさえ、決めかねてモジモジすることを許さないような、絶対的な迫力だった。
二人で宿に戻る途中、オジサマは言った。
「ものの価値は値段ではない。
思い出の品というのは、そんなに簡単に諦めてはいけない。
ましてや、仕事中だからとか、他の人に迷惑が掛かるとか、そんな心配してはダメだ。
私はこれを迷惑だなんて思っていないし、
あなたと親友との思い出のために一役買えるなら、むしろ光栄なくらいだ」
かくして、思い出の時計を取り戻した。
急いで現場に行くと、必要な確認を済ませた大所帯全員が、ノンビリと休憩していた。
広い牧草地で思い思いに過ごす関係者達は、まるで放牧された羊のように見えた。
「どう、あった?」アイスクリームをペロペロしながら、こわもての羊さんが私に尋ねた。
「ありがとうございます。お蔭様で見つかりました。お待たせしてしまい、申し訳ありません」
スケジュールが気に掛かる私は、平謝りに謝った。
「これ美味しいよ。あっちで売ってるの。皆もまだ食べてるし、一息いれたら?」
なんだか、気が抜けてしまった。
確かにタフなスケジュールはまだ続くけれど、それだけに皆もチョット休憩したかったのかな。
その場の全員が、私の思い出のために、喜んで一役買ってくれたようでもあった。
親友との思い出に加え、
関係者が揃って羊さんになり、暖かく見守ってくれたドライブ・デートの思い出の詰まった
その安物の時計は、
その後一年足らずで、壊れて止まってしまった。
それでも今なお、私の大切な宝物だ。
2011年11月7日月曜日
2011年11月3日木曜日
ターシ君
夏休みやお正月休みを取っては滞在しているお宅がある。
そこには、ターシ君と名づけられた猫が出入りしている。
その界隈を縄張りとするオス猫で、住所は不定らしい。
2年ほど前に見たターシ君は、
ツーシ君(ツヨシ君)という、なんとも男らしい名の母猫の後ろに隠れて、
世界中の全てに怯え、体をブルブルと震わせながら、玄関前に現れた。
ツーシ君なら丸呑みしてしまうような、小指の先ほどの小さな魚の切れ端を一つだけ貰うと、
植え込みの陰にすぐ逃げ込んで、時間を掛けて食べた。
そんな食の細い、やせっぽちで、ひどく臆病な仔猫だった。
今年の夏休み、ターシ君に再会した。
開け放した玄関から猫の鳴き声が聞こえると、パパは、
「あ、ターシ君が来た!」と出迎えに行った。
そして、とてつもなく大きなトラ猫を抱えて居間に戻ってきた。
これが食の細い、やせっぽちで、ひどく臆病な、あのターシ君?
この貫禄満点のネコさんが?
我が両の目を疑った。
しかしよく見れば、目の辺りには子ども時代のターシ君の面影が確かに残っている。
歩く姿は のっしのっし と横綱さながらだが、
子ども時代からの臆病な性格は変わらないらしく、
見慣れぬ私に対し警戒心を露わにした。
「あんた、何者ニャー」
ターシ君は、毎日少なくとも朝と晩の二回、来訪する。
夕食後の一時間ほど、決まって私が留守番をしていると、
これまた決まって玄関でターシ君の声がする。
この家の流儀に従い、戸を少しだけ開けて招き入れる。
玄関には、口を開けたままのカリカリ(乾燥タイプの猫の餌)の大きな袋が立ててある。
ターシ君が来たら、これを倒す。
ターシ君は、袋に頭から入って行く。
尻尾だけを袋から出して、中でカリカリ、カリカリ、と食べる。
満足すると、ターシ君は袋から出てくる。
そして見慣れぬ私の顔を見て、警戒心を露わにする。
「ところであんた、何者ニャー」
「東京から参りました○○です。
こちらのお宅とは長い付き合いでして、今回一週間ほどの滞在を予定しております」
などと自己紹介してみるものの、ターシ君の警戒心が解けることはない。
次の晩も、その次の晩も、留守番をしていると同じことが繰り返される。
ターシ君の警戒心も変わらない。
「図々しいあんた、一体何者ニャー」
結局、1週間の滞在中、ターシ君の私に対する警戒心が緩むことはなかった。
さて夏休みもこれでおしまい。東京に発とうと玄関を出ると、ターシ君が待っていた。
ついに私を第二の家族と認めて、別れの挨拶をしに来てくれたの?
ガラス細工のような淡い期待が胸の中に生じるのを感じた。
「怪しい人物、まったく何者ニャー」
ガラス細工は瞬時にして砕け散った。
さんざん怪しませてしまって、ゴメン。
でもねターシ君、公式には、あなたの方が野良なのよ。
そこには、ターシ君と名づけられた猫が出入りしている。
その界隈を縄張りとするオス猫で、住所は不定らしい。
2年ほど前に見たターシ君は、
ツーシ君(ツヨシ君)という、なんとも男らしい名の母猫の後ろに隠れて、
世界中の全てに怯え、体をブルブルと震わせながら、玄関前に現れた。
ツーシ君なら丸呑みしてしまうような、小指の先ほどの小さな魚の切れ端を一つだけ貰うと、
植え込みの陰にすぐ逃げ込んで、時間を掛けて食べた。
そんな食の細い、やせっぽちで、ひどく臆病な仔猫だった。
今年の夏休み、ターシ君に再会した。
開け放した玄関から猫の鳴き声が聞こえると、パパは、
「あ、ターシ君が来た!」と出迎えに行った。
そして、とてつもなく大きなトラ猫を抱えて居間に戻ってきた。
これが食の細い、やせっぽちで、ひどく臆病な、あのターシ君?
この貫禄満点のネコさんが?
我が両の目を疑った。
しかしよく見れば、目の辺りには子ども時代のターシ君の面影が確かに残っている。
歩く姿は のっしのっし と横綱さながらだが、
子ども時代からの臆病な性格は変わらないらしく、
見慣れぬ私に対し警戒心を露わにした。
「あんた、何者ニャー」
ターシ君は、毎日少なくとも朝と晩の二回、来訪する。
夕食後の一時間ほど、決まって私が留守番をしていると、
これまた決まって玄関でターシ君の声がする。
この家の流儀に従い、戸を少しだけ開けて招き入れる。
玄関には、口を開けたままのカリカリ(乾燥タイプの猫の餌)の大きな袋が立ててある。
ターシ君が来たら、これを倒す。
ターシ君は、袋に頭から入って行く。
尻尾だけを袋から出して、中でカリカリ、カリカリ、と食べる。
満足すると、ターシ君は袋から出てくる。
そして見慣れぬ私の顔を見て、警戒心を露わにする。
「ところであんた、何者ニャー」
「東京から参りました○○です。
こちらのお宅とは長い付き合いでして、今回一週間ほどの滞在を予定しております」
などと自己紹介してみるものの、ターシ君の警戒心が解けることはない。
次の晩も、その次の晩も、留守番をしていると同じことが繰り返される。
ターシ君の警戒心も変わらない。
「図々しいあんた、一体何者ニャー」
結局、1週間の滞在中、ターシ君の私に対する警戒心が緩むことはなかった。
さて夏休みもこれでおしまい。東京に発とうと玄関を出ると、ターシ君が待っていた。
ついに私を第二の家族と認めて、別れの挨拶をしに来てくれたの?
ガラス細工のような淡い期待が胸の中に生じるのを感じた。
「怪しい人物、まったく何者ニャー」
ガラス細工は瞬時にして砕け散った。
さんざん怪しませてしまって、ゴメン。
でもねターシ君、公式には、あなたの方が野良なのよ。
登録:
投稿 (Atom)